お題「音楽」  タイトル「イヤホン」 yosita 先生、いつも娘がお世話になっています。 実は相談がありましてご連絡しました。 もちろん、娘のことです。 娘が最近、妙に勉強熱心で以前と比べて素行も良くなり。 まるで人が変わったように……。 いや、それ自体は何にも問題ないのですが……。 私も心配性で……。 私なりに考えて見ました。 少し退屈かもしれないですが、お付き合い下さい。 少々昔話ですがーー。 子供の頃から妙だとは思ってました。 小学生の頃、ちょうど音楽CDが発売されはじめ、 遠足のバスの中でもよくカラオケしていた記憶があります。 音楽を聞くこと自体は嫌いでもなく、歌うのもどちらかと言うと好きな ほうでした。 私の歌もよく上手いと同級生から褒められたこともありました。 自慢ではないですよ。 はっきりと、『それ』の違和感を感じたのは中学生になった時です。 まだ今のように、そう……。 携帯音楽プレイヤーもなかったので、 ポータブルCDプレイヤーを持ち歩き音楽を聞いたりする同級生もいました。 ええ、そうなんです。 問題なのは、イヤホンなんです。 ーー私の話はここからが肝心なんです。 中学2年の頃でしょうか、私の家にも CDラジカセなるものはありました。 ラジカセと言うからには、カセットテープがついてました。 もちろん、家にあったのは一台ですから家族で共有です。 両親と同じ音楽も聞くというのも、なんかいやになる時期でした。 ほら……。 家族で『泳げたいやきくん』を聞くわけにいかないですからね。 これは冗談ですよ、そこまで歳をとってませんので。 まぁ、ちょうど何でも親に逆らいたい時期だったわけですよ。 そこである日、自分のお小遣いでCDを買ってきて 夜中にこっそり聞くことにしたんです。 そこで必要になったのがイヤホンです。 思い出せばこれがトラウマになったわけで。 イヤホンをかけて聞いた音楽はアイドルグループのその当時流行ってたやつです。 いえ、曲名は全く思いだせません。 最初イヤホンをかけて聞いた時の衝撃というと……。 それは本当に忘れないです。 すぐ目の前で歌を歌われている……。 いやもっと言うと私の為に歌っているーー。 なんだが気味が悪くてすぐに私はイヤホンを外して寝てしまいました。 それからというのも、音楽を聞くことには抵抗がないんですが……。 イヤホン、ヘッドホンの類はどうも苦手で……。 私が社会人になる頃は 携帯音楽プレイヤーも一人一台の当たり前。 まぁ、それはいいんですけどね。 ただふと思ったんですよ。 ところ構わず、ヘッドホンやイヤホンをつけている人が多いと。 電車内、学校、会社、トイレ、レストラン。 人話すときも外さない人がいるわけで……。 いやね、勘違いしないで欲しいのは、マナーのことじゃないですの。 「彼ら」は一体何を聞いているんだろうってね。 音楽? ええ、そうよね。 誰でもそう思いますよね。 でも、ちょっと考えてみて下さいませ。 日本国民が全員、あらゆる場所で同じ音ーー 音楽ですが……。 それってちょっと、怖くないですか? ただの私の勘違いであればいいんですが。 道歩く人を見ても、ほぼ100パーセントの確立で みなさん。 ええ、そうなんです。 娘の様子が変わったこと関係があるんではないかと。 だから、相談に伺いたいと思いまして……。 「先生……。私の話、理解していただけましたか?」 「……」 僕はようやくメールを読み返し終えたところだ。 「はい、だいたい……」 「私、文才ってものがなくて……。それにこんな長文のメールを書いたのは初めてなんです」 「それで相談というのは? 娘さんの件ではないのですか?」 「もちろん、その通りです」 ーー高校の一室。 僕は高校の教師。 つまり、目の前にいる女性の娘の担任教師が僕なのである。 これが噂に聞く『モンスターペアレント』か。 いや、かなり厄介なことになりそうだ。 だからこそ、早々にけりをつけたい。 それが本心だ。 「わからないですね、どう絡んでくるのですか? 先ほどの音楽の話と」 「あら、私の説明不足ですか?」 わかりませんよ、普通……。 娘も娘なら母親も母親だ。 あまり聡いとは思えない。 「私の口から言うのもなんですが、そのあまり素行がよくない娘でして」 「ええ、それはもちろん知ってますよ」 「タバコに飲酒、それに窃盗……」 僕も痛いほど知ってますよ。 何度警察のお世話になったかどうか……。 「本当にお恥ずかしい限りで……」 「……」 「それがですよ! ここ1週間ほどで見違えるように変わりました」 「いいことじゃないんですか」 「はい、そうなんです。それは喜ばしいことなんですが……」 「何か問題でも?」 「はい、そこに私が先日メールした内容が関係してくるわけで」 女性は少し声を潜めて、 「私の勘違いかもしれないのですが……」 とりあえず、話は聞くか……。 まぁ、無駄だと思うが……。 「ちょうど、学校で支給された小さい音楽プレイヤーありましたよね?」 「はい、ありますけど」 うちの学校では生徒に携帯型音楽プレイヤーを支給している。 ちょうど2年前からだ。 「何だがそれで音楽を聞き初めてからなんですよ、ちょうど1週間くらい前からです」 なるほど学校では入学時に支給しているが本人が使わなかったわけか。 これはいいデータ取りができる。 「それはですね、お母さん。あれは音楽以外にも英会話とか勉強できるからですよ」 「それで素行が良くなると?」 「そうまでは言わないですけが……。では逆に聞きますが、他に理由はないんですか?」「あまり……。なので、私としてはその音楽プレイヤーに秘密があるのではないかと」 「まさか……」 「でも、ずっと聞いているんですよ。イヤホンをつけて……」 「他の生徒も同じですよ」 「私の影響があってか、娘もずっとイヤホンやらの類は使ってなかったのですが本当にその1ヶ月くらい前からで」 「では、娘さんの変化はそれが原因だと?」 「そうです、私はそう思ってます……」 今時の親にしては勘が鋭いか。 「なるほど……」 予定通り行くか……。 「何か、催眠術みたいなものをかけているんですか?」 「……」 「はっはっは。いや、そうですか……。そうですよね。気づきましたか」 「先生?」 僕を見てギョッとする。 「その通りですよ、あなたの娘さんには本当に手を焼いてましてね」 「あっ、あの……」 「政府からの指示なんですよ」 「はぁ?」 つまり、こう言うことだ。 2年前から試験的に導入した携帯型音楽プレイヤーには精神を操作される特殊なプログラムが仕込まれている。 それを聞いた、学生は勉学に励み模範的な行動をとるようになる。 この『更正システム』自体は20年以上前から 行われている。 その時々によってだが、売れ筋に音楽CDにプログラムをセットしている。 理由は、犯罪の抑制。 ひいては国の治安維持につながる。 20年前には、主に大人にターゲットを絞っていたが、中々効果が期待できず、 ここ数年では子供にターゲットを変更している。 「それで、娘は……」 「いい子になりましたよね?」 「で、でも……。なんか以前と違って……。覇気がないというか……」 「問題ですか? 以前と違って非行に走ることもないですし、お母さんとしては心配ないのでは?」 「でも!」 「ああ、そうそう。あなたも更正されてないようですね?」 と、私の一言が合図で黒ずくめの男が4人現れる。 「連れて行って下さい」 女性はがくがく震え声もだせずに部屋から連れて行かれた。 「はぁ……」 全く、やれやれだ。 生徒の親が更正されてないのであれば、元も子もない。 先ほどの彼女の年齢なら、更正プログラムを受けているはず。 妙に勘が鋭いと立ちが悪い。 彼女が初めて聞いた音楽にも『更正プログラム』は仕組まれていたのだろう。 『妙な違和感』とはそれだ。 私は先ほどまで話していた彼女の資料に目を落とす。 高校生では、万引きに恐喝、窃盗。 かなりの不良だったらしい。 娘のことなど言える立場ではない。 しかし彼女の指摘通り、イヤホンやヘッドホンをしないと更正プログラムの効果はほぼない。 なので、彼女の娘も同じように素行に問題があったわけだ。 更正された大人には更正された子供が生まれる。 もちろん、僕は更正されている。 でなければ、彼女に対しての正しい判断ができない。 遠くから叫び声が聞こえる。 彼女はこれから更正されるはず。 苦しいのは一瞬だけだ。 <了>