『私と愛美とポニーテール』 進行豹
 (短編十二ヶ月8月期 yositaさん参加作品、
 「委員長とポニーテール」をリライト)

 

『ポニーテールに愛美君はなりたい』

……意味が、微妙にわからない。

だから、メールの差出人。
部長に部室で確認すれば、
やれやれ、と肩をすくめて説明される。

「愛美君はポニーテールになりたいらしく、僕に何やら相談してきた。
しかし、僕はポニーテールにしたことがない。故に、君に相談した。
文芸部員たるもの、行間からその位は読み取りたまえよ」

「しかし、部長」

受け取ったメールを、そのまま携帯のディスプレイに表示させる。

『ポニーテールに愛美君はなりたい』

「行間がありませんが?」

「んぐっ――そのっ――そう! 暗喩だ! 暗喩っ!」
「暗喩というなら――っ!?」

片手をバッ! と突き出すことで、
部長は私の声を止める。

「とにかくだっ!!」

誤魔化すときの、ヤツお得意の決め台詞。
それを堂々と吐き捨てて、部長は私に背を向ける。

「愛美君がポニーテールになれるよう、相談にのってやりたまえ。
これはな、部長命令だ!」
「はぁ」


……確認に来て、余計に疑問が深くなった。

ならば文芸部員らしく、箇条書きにして整頓しよう。

――――――――――――――――

疑問1:
何故、愛美はポニーテールになりたいのか?

疑問2:
何故、“ポニーテールにしたい”ではなく、なりたいのか?
おおもとの相談内容が、そもそもその表現であったのか?

疑問3:
何故、(仮に、“したい”、の意だとして)なりたいのなら、
さっさとポニーテールにしないのか?

疑問4:
何故、それをよりにもよってあの部長に相談したのか?

疑問5:
三年である部長と、
私のおさななじみ――つまりは私と同じ二年で、
しかも非・文芸部員の愛美との間に、いかなる接点があるのか?
(そういえば、部長は愛美の話題をときおり口にする。
 しかし、私は部長に愛美を紹介した記憶などない)

――――――――――――――――

「ふむ」

我ながら几帳面な文字で記されたメモを見直し、
私は一つの解決を得る。

「情報があまりに不足している。
ここは、一次情報源にあたるしかないか」

といっても、特別なことは必要ない。
ただ、教室に変えればそれで――

「ああー! ゆーちゃん、どこいってたの!!?」

――ほら、一次情報源。

愛美は甘えた声を出し、
私にベタベタまとわりついてくる。

ちなみに、“ゆーちゃん”とは私、長堀優子のことだ。

“ゆーちゃん”などと呼ぶのは世界でただ二人。

私の母方の祖母・花咲たえと、
この、幼稚園からのおさななじみ・西愛美とだけなのだけれど。

「ああー、なになに!? 愛美にないしょなの?!」

「いいや、考え事をしていただけだ。私は、部室に行っていた」

「そうなの? んもう、冷たいんだからー、
一緒にお昼食べようと思ってたのにー」

「伝えなければ伝わらんよ。その要望は聞いていない」

「だってー、そのくらいの乙女心わかってよう。
ゆーちゃん、文芸部さんなんだしさー」

「……昨今、文芸部員に要求されるスキルは広範であるのだな」

ため息――が出るほど、私は可愛げのある女ではない。
ちょうど、愛美の対極だ。

「でもね? 愛美、信じてたの。
ゆーちゃん、ぜーったい愛美のところにもどってきてくれるって」

「同級生であるものな」

「だからね? お昼、食べないで待ってたんだー。
ね? 一緒に食べよ?」

「構わんよ」
「わーい!」

 私の一つ前の机を、ガタガタ、愛美は反転させて、
私の机にくっつける。

「愛美、今日ミートボール作ってもらったの!
ゆーちゃんにも、みっつあげるね? 全部でむっつはいってるから」

「では、私からは――
白身フライとミニハンバーグ、どちらが好みだ?」

「んもう、ゆーちゃんったら知ってるくせにー」

「普段であれば、当然ミニハンバーグであろう。
が、ミートボールとミニハンバーグの交換では……
なんというか、交換しがいのようなものが欠けるのでは無いかと」

「なんで? ゆーちゃんのおかずだよ?」

(ひょいぱく)

私の弁当箱からミニハンバーグをつまみ上げ、
すかさず頬張り、愛美は満面の笑みを浮かべる。

「おいしー! ゆーちゃんの愛情の味がするー」

「一人暮らしの女子高生に何を期待している。
冷凍食品だぞ」

「だから、愛情こめてレンジでチンした味がするのー」

「家電フェティシストかなにかか、私は」

苦笑しつつも、愛美の弁当箱――
といえば不適切になってしまうほど可愛らしい……
ああ、“ランチボックス”から、ミートボールをつまみ上げる。

「うむ。旨い。さすがは、春恵さんの味だな」

「ほんと!? ほんとに美味しい?」

「知っているだろう?
ウソなど、原稿用紙の外ではつかんよ」

「あ、ごめんね?
うたがったんじゃなくて、びっくりしちゃったの」

「びっくり?」

ただそれだけで、質問の意図が汲み取られる。
おさななじみとは、便利なものだ。

「だって、おかあさんじゃなくて、愛美がそれ作ったから」

「ほう……全くわからなかったぞ」

「えへへー、今、ちょっとずつ教わってるの。
おいしい、さすがって、愛美も、いわれてみたいなーって思って」

ふにゃふにゃ。
そうとした形容できないほどに柔らかく、
愛美がとろけた笑顔を浮かべる。

「えへへ、結構かんたんにかなっちゃった」

「ふぅむ?」

……私に言われても仕方ないのではあるまいか。
そういうのは、そう、例えば好いた男から――っ!?

「ああ」

つながった、ような気がする。

というか、愛美の愛美ペースに飲み込まれ、
すっかり本題を忘れてしまっていた。

「なにが、『ああ』なの?」

「私の物真似はやめてくれ。
なまじ似ているだけに、可愛げの無さが際立つようだ」

「え? なんで、ゆーちゃんかわいいよ??」

「はいはい――じゃなくて」

コホン、とひとつ咳払い。
愛美時空に引きずり込まれてしまったら、
昼休みなど、一瞬にして消失してしまう。

「じゃなくて?」

「メールだ。これが来たから部室に行った。
『ポニーテールに愛美君はなりたい』」

「え? なに、これ、誰から??」

「部長」

「部長さんって!? ゆーちゃんに話しちゃったの!!?」

ああ、なるほど。
その反応か。

あの男が相手というのは不安――というか、不満、だ、が。
……愛美がそれを望むのならば、私が何としても叶えてやろう。

「つまり愛美は――」

何故だ、言葉が引っかかる。
今、叶えると決めたばかりだというのに。

言いたくなくて、認めたく無くて――息が苦しい。

「愛美がなに? ゆーちゃん」

「あ、ああ。愛美は――その、な。
部長と……部長に相談したのは、
その――接点が欲しかったからか?」

「接点って……なんの?」

「だから、愛美と部長とのだ」

「まさか!」

君はプレアデス星人だ――
黒ずくめの男たちに真顔で決めつけられればきっと、この顔になる。

その位に激しい否定と驚きで、愛美は表情を固めてしまう。

……この私ですら、初めて目にするレア顔だ。

「な、な、なんでっ、まな、まな、愛美、がっ――
あんな、あんな変な人と接点なんて欲しがらなくちゃいけないの?」

「それは……愛美が相談したんだろう?
部長に、ポニーテールになりたいと」

「違う違う! 抜けてる抜けてる! 愛美はね?
『ゆーちゃんみたいなポニーテールになりたいなぁ』
って、ためいきついてただけなの」

「私みたいな?」

なるほど。
だから“したい”ではなく“なりたい”だったのか。

しかし……ポニーテールにしたのは入学したての一時期、
ほんの、数日限りのことだったのだが。

気分一新にいいかと思い、やはり似合わぬかと中止した……
ただ、それだけのことだったのだが?

「それをね? あの部長さんに聞かれちゃったの。
そしたらね?
『なるほど、しかし僕はポニーテールにしたことがない』
とかなんとか言い出しちゃって」

……愛美、部長の物真似はまるで似てないのだな。

「『だが安心したまえ。必ず僕が愛美君の力になろう』
とかも言ってて……愛美、怖くててきとーにあいづちうっちゃって。
ふえぇ、まさか、ゆーちゃんに聞くなんて思わなかったよう」

「ふーむ?」

さきほどの手帳を確認しなおす。

――――――――――――――――

疑問1:
何故、愛美はポニーテールになりたいのか?

疑問2:
何故、“ポニーテールにしたい”ではなく、なりたいのか?
おおもとの相談内容が、そもそもその表現であったのか?

疑問3:
何故、(仮に、“したい”、の意だとして)なりたいのなら、
さっさとポニーテールにしないのか?

疑問4:
何故、それをよりにもよってあの部長に相談したのか?

疑問5:
三年である部長と、
私のおさななじみ――つまりは私と同じ二年で、
しかも非・文芸部員の愛美との間に、いかなる接点があるのか?
(そういえば、部長は愛美の話題をときおり口にする。
 しかし、私は部長に愛美を紹介した記憶などない)

――――――――――――――――

……2、4、5は解消した――
いや? 解消、本当に出来たのだろうか?

「愛美。そのためいきはどこでついたのだ?
つまり、『私みたいなポニーテールに』」

「わーわーわー! あのね、えとね? 学食だよ?
お弁当忘れてパン買いに行った日」

「ああ、あの時か」

「ゆーちゃん、付き合ってくれて、
『私の方が突破力に優れる』っていって、
愛美のパン買いに、人ごみに突っ込んでくれたでしょ?」

「うむ」

ふふふ。
愛美、私の物真似は本当に似ているぞ。

いや!? 謎の優越感に浸っている場合ではなく、その、だ。

「あのとき……そうだな、髪をひっかけられてはイヤなので」

「そうだよ、ゆーちゃん、しばったの!
それで愛美、ポニーテールのこと思い出して、
ぽろって、口に出ちゃったの」

なるほど。それを、部長が聞きつけた。
偶然に……偶然、なのだろうか?

「愛美は、何故部長のことを知っていたのだ?」

「珍しいから知ってたの。ゆーちゃんがなかよく話す男の人って」

「な か よ く な ど な い」

「あ、そーなんだ」

我ながら、ドスが聞いてる声が出てしまい驚いたのだが、
愛美はぱあっと、花の咲くような笑顔を浮かべる。

「なかよくないんだぁ」

「断じて。
私がアレと会話するのは、アレを部長と認めているからだ。
アレを部長と認めているのは……
口惜しいが、アレが私より書けるから――ただ、それだけだ」

「小説? ゆーちゃんのは、論文みたいでむつかしーもんね。
私は、すっごく好きだけど」

「ありがとう」

確かに愛美は、つねに私の最初で最高の読者だ。

……それ故、
私は自分の欠点を発見できなくなっているのかもしれないが――
って! いや、違う。今は違う。

私らしくもない。
さっきから思考が脱線ばかりしてしまっているな。

「話を戻そう――では、何故部長は愛美のことを?」

「え? えーと……愛美、ゆーちゃんとよく一緒にいるから?」

「ふぅ……む?」

そんな程度の接点しか持ってないものが、
独り言を聞きつけ、
『僕が力になろう』などというものだろうか?

いや、アレ――部長なら言ってもおかしくないが、
そんな事例を耳にしたのは、初めてだ。

では、何故部長は、そのような特異な行動に?

その理由……は――――。

……何故だろう。
どうして胸が、こんなにムカムカするのだろうか。

「ゆーちゃん?」

「いや。すまん。話を、もう少し整理し直そう」

アホの心理は、アホに聞かねば確認できまい。

なら、今ここで確認できることを――ああ。

「何故、愛美は思ったのだ?
私のような『ポニーテールになりたい』と」

「あっ」

ぽふっと、愛美が真っ赤に頬を染める。

「だって……ゆーちゃん、かっこいいから」

「愛美は、かっこよくなりたいのか?」

「ううん!? そうじゃないよ!
そうじゃなくて……えと…………そのっ…………」

「???」

もじもじと、愛美は何かを言いたげで、
けれど何一つを言葉にしない。

……………………これでは、昼休みが終わってしまうな。

「質問を変えよう。愛美は何故、
『ポニーテールになりたい』のに、そうならなかった?
『ポニーテールにする』ことをまず試さねば、
何も始まらないのではないか?」

「だって! だって、ね?」

拗ねた、わずかに潤んだような上目遣いで、
まなみがじいっと私を見上げる。

なんだ――
なんだか……これは……何故、私が照れているんだ。

「愛美がポニーテールにしちゃったら、きっとゆーちゃん、
ポニーテールにしてくれないでしょ?」

「!!!」

脳が、ぽふっと音を立てた。
同時に疑問が、全てとろけて消えてしまった。

多分……私は……
愛美と同等――いや、それ以上に赤面している。

ああ……だめだ。
手が、出てしまう。

「ゆーちゃん?」

「愛美がそれを望むのならば、
ポニーテールにくらい、いくらでもする」

「あっ――」

「だから、愛美もなればいい。
愛美のなりたい、ポニーテールに」

「ん……」

いつ以来、だろう。
愛美の柔らかなくせっ毛を、私の固い指に通してくしけずるのは。

小さな頃は、毎日のようにやっていたのに……
いつ、何故、
私は愛美の髪に、体に、ほとんど触れなくなったのだろう?

「気持ちいいな……ひさしぶり、ゆーちゃんの指」

愛美は、うっとり目をとじる。

ポニーテールに結び終えても、
なんとなく、愛美の髪をいじり続ける。

「愛美ね? ゆーちゃんみたいになりたいんだけど、憧れてるけど、
でもね? 愛美は、ゆーちゃんになりたいわけじゃないの」

「うん」

愛美の言葉は、ふんわりしていて掴みづらい。

だが、わかる。
わかっていると、信じられる。

「愛美、ゆーちゃんみたいにまっすぐ、なんでも、
スパっていえるようになりたくて。
だから、ポニーテール真似したかったの」

「まっすぐ、なんでも、スパっと、か」

なるほど、な。
愛美がそれを期待してくれているのなら――

「あ! ダメっ!!」

ぱっと愛美は目を開き、
そしてぶんぶん、首を振る。

「今は、今だけはいっちゃやだ。
愛美、がんばる。がんばるから、愛美にちゃんと言わせて?」

「うむ」

頷く。
頷く他に、何もできない。

昼休みの教室で、クラスメイトが異様な雰囲気に気づき始めて、
私と愛美を見ている。

が――
だから、それがなんだというのだ。
指差すやつには、指ささせておけばそれでいい。
今の愛美を止めるより、クラス全員の息の根を止めることを私は選ぶ。

「愛美、ゆーちゃんとずっと一緒にいるけど、
でもね、それじゃたりなうて、もっともっと一緒にいたいの。
この先もずっと一緒にいたくて、だからちゃあんと告白したいの。
でも、勇気がなくてできないの。
でもね? 頑張るからっ! あのね、もうちょっとだけ待って?」

「う、む」

告白……の意味は、恐らく、一つだろう。
ならば、すでに告白は完了しているし、
私の答えも固まっている。

けれど、待つ。
愛美がそれを望んでくれている以上。

「愛美――愛美は、ですね」

立ち上がり、真正面から私の目を見上げてくれる。

「愛美は、ずっと。
ちいちゃいころから、ずっと、ずうっと、ゆーちゃんのことっ」

(がららっ!)
「やぁやぁ愛美君っ!」

「「「「「「「「「「っ!!!?」」」」」」」」」」

私、だけじゃなく、
愛美、だけでもなく。

教室中が――恐らくは怒りとともにヤツを見つめる。

部長のバカは、空気を全く読まず、読めずに、
私たちの……いや、愛美の方に近寄ってくる。

「お? ポニーテールにしたんだね? お似合いだ。
な? 僕が力になるっていったろ??」

「え? あ、えと――愛美――う……ゆーちゃぁん」

「うむ」

制服のリボンを抜いて、束ねた髪をきゅうっと締める。

ああ。この引き締まる感覚だ。
ポニーテールは、この感覚がとてもいい。

「ん? な、なんだね長堀君。そんなに怖い顔をして」

「部長。糸くず。背中」

「おお!? 僕としたことが、これは失礼。
ならば、取ってくれたまえ」

アホが、無防備な背中を向ける。

瞬間っ!

(ドガッッ!!!!!!!)

「ぬおおおおおおおっ!!!!?」

(ガラっ! ピシャッ!!!)

背中を蹴る。
部長がよろけてつんのめり、廊下へと出る。
扉が閉まり、部長を締めだす。

この間、わずかに二秒六。

クラスメイトが、無言の、とっさの連携で、
私の意図を助けてくれた。

……息の根を止める決意を、実行しなくて本当に良かった。

心のなかで反省・謝罪し、感謝す――っ!!?
「ゆーちゃん、ありがと!」

ぱあああっと、怯え戸惑い泣きそうだった
愛美の顔が笑みに咲く。

「それに、ポニーテール!
すぐしてくれて、愛美、すっごく嬉しいよっ」

「ああ、うむ」

「でも、どうしてあんなタイミングで?」

「蹴る前に、と思って」

後頭部のポニーテール――子馬の尻尾――を、揺らしてみせる。

「昔から言われてるから。人の恋路を邪魔す」
「恋路っ!!!?」

ああ、しまった。
私も、愛美もことを言えやしない――

いや、言う必要もないし、しまってもいないのか。

「そう。恋路」

私を見つめる愛美を見つめ、
張り裂けそうな鼓動を必死に押さえつけ、
最大限のカッコをつける。

「だから、聞きたい。愛美の、さっきの言葉の続きを」
「大好きっ! ゆーちゃんっ!!!!!」

言い切って。
私の胸に飛び込んでくるまなみの小さなからだを全部。

全部――まるごと抱きしめる。


(了)