短編8月 「委員長とポニーテール」 yosita 『ポニーテールに愛美君はなりたい』 と先輩からメールが来た時は正直意味がまったくわからなかった。 いや厳密にはメールの文面はこうだ。 『愛美君はポニーテールになりたいらしく、僕に何やら相談してきた。 その辺りの相談が君が適任だろ? よろしく。ちなみに部長命令だ』 無茶ぶりにもほどがある。 先輩とは私が所属する文芸部の先輩で3年生。 で且つ、文芸部の部長である 愛美とは、クラスメートの女子。 「ポニーテールになりたい」 クラスメートの愛美が真剣なまなざしで私をみつめる。 「……」 私は何を言ったらいいのだろう。 「委員長は、いいよね。サラサラへやーだし」 ヘアーね。 おやつの時間の15時頃、我が校の生徒にはお馴染みのファーストフード店でのことだ。 夏休みも残り2週間をきっている。 ――このところの異常気象が続いて 猛暑の日差しに心身共にすり減らされていたので 愛美の話も正直面倒だ。 「したら、いいと思うよ」 「そんな、ぶっきらぼうに……」 愛美が悩んでいるのは、わかっている。 「だって〜、知っているでしょ? 愛美、くせっ毛だしーー」 それは見ればわかるけど……。 愛美は中学2年にしては小柄で、クラスでもマスコット的な存在の明るい女の子だ。 髪型はショートカットで少し天然パーマーがかかっている。 それはそれで、可愛いと私は思うけど。 事実、愛美は同じ2年の中では人気がある。 さて、愛美の接し方からわかるように私はクラス委員を務めている。 と言っても中学2年のクラス委員なんて大した仕事はない。 ちなみに、正式にはクラス委員であり、委員長なんて役職はない。 私の見た目が、それっぽいからみんな委員長と呼んでいるだけ。 「だから、先輩に頼んだら委員長が何とかしてくれるって」 「あ、そう……」 いまいち愛美の相談に反応しづらい私。 と言うのも、クラスメートと言っても、私と愛美は それほど仲がいいわけではない。 最低限挨拶をするくらい。 学校外で話すなんて、これが初めてなわけだ。 「うーん、先輩。ポニーテール可愛い言っているし……。やっぱりしたいんだよね」 さすがの私でも愛美が先輩に憧れていることはわかる。 けれでも、その先輩にポニーテールになりたいと 相談し、更に私を巻き込むのは流れは理解できない。 私も同じ部活である手前、先輩の頼みを断れきれず こうして愛美と話しているわけなのだ。 そもそも部長命令と言われているので、拒否権は私にはない。 「美容院に言って、無理矢理ストレートにすればポニーテールにできると思うけど?」 私が適当にアドバイスすると、 「いや、それは愛美も知っているよ?」 「だったら……」 「もぉ、委員長も知っているくせに」 愛美はぷくーと頬を膨らませて、 「例の噂ーー」 「あ、うん……」 やはりそこか……。 私たちの通う中学では、ポニーテールの少女を狙った『連続暴行事件』が発生しているのだ。 しかも、犯人はどうやら人間ではなどど噂が流布している。 どこまで本当か疑わしものだ。 「うーん、あくまで噂よね」 「でもでも! 愛美怖いよ、髪の毛切られちゃんだし……」 暴行ーーつまり髪の毛を切られてしまうらしい。 もし、本当に幽霊の類だとしても随分と妙な気がする。 被害にあった女子生徒はすでに数人いるが、 学校側としても『犯人が幽霊』と被害を受けた生徒が主張している以上 警察にも相談できずいる。 「だから、委員長お願い! 愛美の為に、幽霊を捕まえて!」 「じゃ、宿題があるから。帰ります」 「そんな殺生な……。愛美が幽霊に襲われてもいいの?」 「ポニーテールにしたからって必ず襲われるわけじゃないし」 そうそこも問題で、夜中に校舎へ忍びこんだ生徒だけ、襲われている。 しかも場所はなぜか理科室前。 忍び込む理由も幽霊を見たいや倒したいなどと、不純な動機。 そもそも無断で学校に忍びこむこと自体問題だけどね。 「お願い委員長」 「でも、どうして私が?」 「だって、こういう類の相談慣れているでしょ?」 「まぁ、初めてじゃないけど……」 はぁ、そこまで頼まれては仕方ないか……。 「じゃ、さっそく今夜!」 ――深夜の学校ほど怖いものはない。 昼間とうって変わって校舎は静寂に包まれている。 私と愛美は校門前にやって来た。 「委員長……、怖いよぉ……」 「じゃ、どうしてついて来たの?」 「だって、やっぱり興味あるし……」 「はいはい、わかった。わかった」 邪魔はしないで欲しい。 それに怖いのになぜ付いてきたのだろう。 「それで、どこから中に入るの?」 当たり前だが正門は固く閉ざされていて中に入ることはできない。 「こっち」 ぐるりと学校の外周歩き裏門にやってくる。 「裏門? こっちも鍵は……」 「……」 私は愛美の不安をよそにヘアピンを曲げて鍵穴に突っ込む。 「え、い、委員長それは……」 「人が来ないか見張ってて!」  30秒もあれば、何とかなる。 「あっ、はい……。わかりました……」 難なく校舎に侵入成功。時間は深夜の2時。 もちろん女子中学生が出歩いていい時間ではない。 私も愛美も家を抜け出すのに相当苦労した。 「……」 愛美はまた怖がっているのか言葉数が少ない。 「愛美は委員長のことーー」 「ん?」 「見直したよ」 変なところ評価されている。 昔から少し手先が器用なだけ。 「やっぱり、裏番と言われるだけのことあるよ。委員長」 うら番とかいつの時代? 盗んだバイクで走り出さないわよ?! まぁ、確かに校内で起きているちょっとした事件の相談に乗ることは ちょくちょくある。 普段は意識してではないが、先生からも評価が高い私は色々な情報も逆に 入手しやすいのだ。 そんなわけで校内では『何でも屋』みたいに思われることもあったりなかったり。 日々の学業のストレス発散の為にも、はめを外すことは必要なのだ。 「ひやー、よく見ると校舎もかなりボロいよね。うちの学校」 「そうね……」 そもそも、我が校は50年の歴史を誇る県内では数少ない 歴史ある中学なわけで、幽霊の噂の一つや二つは日常茶飯事。 よく聞く七不思議も、増殖を続けて44不思議まである。 そして、ついに目的の理科室前に辿り着いた。 不気味な雰囲気が辺りを立ちこめる。 「……」 生暖かい風が、頬に当たるのを感じる。 「委員長……」 愛美が声を震わせる。 被害にあった生徒の話だと、夜中の理科室前に それは現れるらしい。 私は実のところ、やはりただの噂だと思っている。 しばらくここにいて、何もなければ愛美も納得してくれるはずだ。 私もどれだけお人よしなんだ……。 自分でも嫌になる。 そして、10分ほど時間が経過したころ、 「委員長、中から変な音が……」 愛美がぶるぶる震えながら理科室を指差した。 「まさか……」 私は半信半疑のまま、理科室のドアに手をかけるーー。 が……。 !!  くっ、苦しい……。 「!!」 いっ、息ができない。 「……」 愛美の小さい手が私の喉を締め付けている。 愛美の力とは思えないとんでもない怪力だ。 「ドウシテ、キタ、オマエ、ワタシノジャマスルナ」 愛美の声ではない、しがれただみ声。 いい知れぬ恐怖が私を襲う。 愛美が何かに取り憑かれたのか? 後ろを向くこともななまらない。 苦しい……。意識が遠のいていく……。 でも、こんなところで……。 「くぅ!」 力いっぱい、愛美の足を踏みつける。 「グゥゥ」 やった! 何とか引き離すことができた。 5メートルほど距離を取り、愛美を見返す。 「あ、ぁ」 私は目を疑った。 白目を向いたまま、愛美が立ち尽くしている。 今すぐこの場から立ち去りたいが、愛美をそのままにしておく わけにはいかない。 何とか愛美にとり憑いている『それ』を追い払わないと……。 「ちょっと、何が目的なの?!」 「……ワタシユルサナイ」 「はぁ?」 「ショウジョニクイ……」 意味がまったくわからない。 どうする? 悪魔か幽霊か知らないけど、そんなものに立ち向かう術は 私にはない。 が――。 直後、愛美は体を崩しその場に倒れ込む。 「愛美!!」 駆け寄り体を揺さぶる。 「うぅぅう……」 愛美が目を覚ます。 「あれ? 委員長、愛美……」 取り憑いていた幽霊?はもういなくなったらしい。 「さっ、急いで帰りましょう」 ここに長居は無用だ。  次の日の昼、職員室に私と愛美はいた。 「なるほどなぁ……」 たまたま部活の顧問で登校していた担任教師に昨夜の出来事を話したところだ。 担任は男性のベテラン教師でこの中学には10年以上いる。 「にわかには信じがたいがな……」 「愛美たちの話がですが?」 「いや、そういうことじゃない……」 「では、どんな意味ですか?」 「焦るな、高林」 高林とは私のこと。 「それに2人とも、無茶し過ぎだぞ」 「はい……」 ここは2人揃って反省。 「2人ともちょっと着いて来い」 「先生、ここは?」 先生が私たちを連れてきたのは校舎裏にある小さい社。 立ち入り禁止になっており、普段生徒が近づく場所ではない。 そこに墓石のようなものもある。 「愛美、こんな場所があるなんて知らなかったです」 「私も……」 しかも、墓石は見事に横に倒れており周りも、雑草が生えて荒れている。 「……」 先生は無言で墓石を元に位置に戻し、 「確か、先生がまだこの学校に来たばかりのことだった。もう10年くらい前か……」 先生は墓石を見下ろし話を続ける。 「当日、中学1年にポニーテールがよく似合う明るい女子生徒がいてな。彼女はみんなにやさしく人気があった。もちろん、上級生からも人気があってある時3年の男子から告白を受けたんだ。だが、彼女は自分にはまだ早いと断った」 「へぇ〜」 愛美が羨ましそうに声をだす。 「だが、ここからが問題でな。その断られた男子というのが今で言えば文芸部の部長みたいなこれまた人気のある男子でな。その男子に憧れていた数名の女子生徒が腹をたてて彼女を掃除用具入れ中にバケツで水を流し込みあげくの果てには閉じこめたんだ」 「ひどい……」 「そして、翌日彼女は冷たい体で発見された。もう、その時は手遅れだった」 「そんな!!」 「それが、今の理科室。前は普通の教室だったわけだ」 この中学にそんな重たい過去が……。 墓石があるのだから、あながち間違いじゃないわけだ。 「愛美、あんまり覚えてないけど……、なんか深い深い海の底にいる感じだったんだ」 「とり憑かれた時のこと?」 「うん……」 「でも、愛美わからないのがどうしてポニーテールに彼女は拘ったのかな?」 「それはな……」 先生はまた深くため息をついて、 「彼女が発見された時、なぜか髪の毛が全て抜け落ちていたんだ」 「えっ!」 「おそらく閉じこめられた、恐怖からそうなったんだろう」 「……」 本当にこんなことが、現実にあるのだろうか……。 髪の毛が全て抜けてしまい死んでしまった、彼女は 妬んで「ポニーテールの女子生徒を襲う」という凶行に走ったのかもしれない。 面白半分で深夜校舎に忍びこんだ被害にあった女子生徒にも非はあるだろうし。 はぁ……。 昨夜の出来事は全て夢だった、そう思いたい自分もいる。 すると先生は笑みを浮かべて、 「そうだ、2人ともお願いがあってな……」 「ふはぁ〜」 「疲れたね……」 昨日、愛美と2人で話したファーストフードショップにやってきた。 予感はしていたが、あの後先生に社周辺の掃除を手伝わされたのだ。 あの墓石も倒されていたし、周辺が荒れ放題になっていたのも 『彼女』が現れた原因の一つかもしれない。 もしかしたら……。 先生達も幽霊の正体に気付いていたからこそ、警察に相談できなかったのかもしれない。 「ほんと、濃い一日だったね。委員長?」 「本当よ……。一時はどうなるかと思った」 愛美はお払いでもしてもらったほうがいいのかな……。 愛美自身は、あまり気にしていない様子。 でも、これで本当に『彼女』は現れなくなるのだろうか。 まぁ深く考えてもどうにかなる問題じゃないし……。 「あっ、メール……」 私のケータイにメール着信がきた。 「えー、誰から?」 「先輩よ、『委員長、事件解決ご苦労様』だって」 全く、なんなの。 一番の策士は先輩ではないか。 そうだ、先輩も『彼女』の存在に気付いて……。 だいたい情報はどこから仕入れたのかしら? ちなみにだが、私はまったく先輩には興味がない。 「ねぇ、ねぇ委員長。委員長もポニーテールにしてみたら?」 「それだけはお断りよ」 しばらくポニーテールという言葉も聞きたくもない。 「だよね」 「でしょ?」 私と愛美は思わず2人で笑い出した。 《了》