タイトル:お一人様
リライト:KAICHO

 ずぞーッ。
 ぞッ、ぞッ、ずぞぞぞぞーッ!
 ぷっはぁッ!
「いつもながら、いい食べっぷりだねぇ」
「……どうも」
 ねじりハチマキの店主の言葉にも生返事。
 夜も蒸し暑くなってきた七月七日、そう、七夕の日。
 満点の星空に、恋人と二人、ロマンティックな願いをかけたりするのが似合う日。
 ……のはずだったのに。
 アタシは今、街外れの小汚い屋台でラーメンをすすっている。
 せっかく着込んできた一張羅にスープが飛んでも、もう気にしない。
 ああもう! 思い出すだけでも腹が立つ!
 半ばヤケ食いのように麺を掻き込む。
 両手で器を持ち、最後の一滴までスープを飲んで、だん! とテーブルの上に置いた
ところで、やっと一息ついた。
「ふぅ……」
 コトリ、と、傍らにグラスが置かれる。
 見上げると、店長が「神殺し」と書かれた酒瓶を持っていた。
「ま、飲みな。こいつぁオゴリだ」
「あ、ありがとう」
 めったに捕まえることができないこの屋台、ついた通り名が「神出鬼没屋台」。
 それでも、ラーメンは絶品だし、店主はローカル居酒屋の親父のように暖かい。
 だからアタシはこの屋台が好きだ。今日、この気分の時にこの屋台に入れなかった
ら、多分アタシはもっと荒れていたに違いない。
 貰ったお酒を一口あおって、
「ハフゥ……」
とため息。
「若い娘さんの所業じゃねぇなぁ」
 言葉は悪いが、店主の笑顔に邪気はない。要らぬ心配や過剰な心配りがないのも、
この屋台の魅力だ。
「そういう日もあるのよ」
 アタシは自嘲気味に笑みを浮かべる。
 やべッ! もしかしてアタシ今、超セクシーかも!?
 店主がアタシに惚れたらどうしよう!?
 ああ、いけないわ! アタシには彼が……。
 ……さっき喧嘩してきたけど。

 と、微妙な気分になりそうだったところで、
「フ……」
  何故かコメカミにカチンとくる失笑を耳にして、アタシは声がした方を見る。
 そこには、男性が一人。
 ぴっちりとした紺のスーツにざっとした短髪で、屋台の椅子に腰掛けている。
 夏のラーメン屋台、異常な場違い感に眩暈がする。
 彼との喧嘩もあって、アタシはちょっとトサカにきていた。
「ちょっとあんた! 今アタシのこと笑ったでしょ! 失礼じゃない!」
 半分立ち上がりながら抗議。
 同時に、薄暗い照明の下、容姿を確認する。
 ───アタシより少し年上の、シュっとしたイケメン。
 ブロウクンなハートに火がつき……そうにないのがちょっと不思議。これだけの
イケメンなのに。
「いや、これは失礼」
 男性は悪びれもせずに───同時にこっちに視線もくれずに言った。
「あなたのような綺麗な女性が、『お一人様』でスープ飛ばしながらラーメンを
啜るのがちょっと面白かったもので」
 つい、『綺麗な女性』のところでときめきそうになったが、それはぐっと我慢。
 一転、『スープ飛ばしてラーメン啜る』のあたりは、どう贔屓目に聞いても
謙譲語や尊敬語じゃない気がする。
「───バカにしてるの?」
「いやいや、正直な感想ですよ、他意はありません」
 男性はこちらに向き直って微笑んだ。うん、イケメンだ。
 と、急に男性の顔が真面目になる。
「お嬢さん、あなた……」
「……?」
 神妙な表情をした男性は、ついとこんなことを口にした。
「───あなた、今、彼氏と喧嘩してますね?」
 ぶはッ!
 飲みかけの神殺しを盛大に吹いてしまった。
「お客さん、掃除が大変なんだから、吹くときは道の方にお願いしますよ」
「ご、ごめんなさい」
 そんなことをいう店主もどうかと思いつつ、ハンカチで口元をぬぐう。
 こわごわと男性に聞いてみる。
「……なぜ、それを?」
 平静を装ってまた一口酒をあおるが。
「そして原因は、金銭関係ですね?」
 ぶはッ!
「お客さぁん……」
「ごめんなさい……」
 この人……何者?
 そうなのだ、ついさっき、まさに彼と喧嘩別れしたばかり。そして、原因は、一緒に
頂いた豪華ディナーの割り勘歩合という……。
「ま、まぁ、そんな珍しい状況じゃないし、当たっちゃうこともあるわよね」
 震える声で、再び神殺しを一口。落ち着いて落ち着いて、コンセントレーション
コンセントレーション、すーはーすーはー。
「ふむ……田中……詩織さん?」
「何故私の名を!?」
 江原啓之でもあるまいに!?
 ───よもやストーカー!? アタシがあんまり可愛いから!?
 男性は淡い微笑みを浮かべて、こちらに向き直った。
「や、これは失礼。私、占星術をやってましてね」
 占星術って……そこまで正確に判るものなの?
「ああ、タロット占いでもいいや」
 『いいや』って……。
 なんか怪しい……。
「どうですか、ここでお会いしたのも何かの縁、占ってあげましょうか」
 男性はそんなことを言い出した。
「特別にタダにしときますから」
「タダ!?」
 その言葉に、女性的『タダより安いものはない』思考が働き出してしまう。
「おじさん、少し場所を借りていいですか?」
「いいとも。そんかし、その占いとやら、俺にも見せてくれよ」
 店主は気さくにテーブルの上の場所を空ける。屋台の中に、即席占いボックスが
出来た感じだ。

「では……」
 男性はポケットから筮竹(ぜいちく)の束を取り出し、それをじゃッじゃッと扱き
始めた。
「「筮竹かよ!」」
 店主と二人して男性にツッコミ。占星術やタロット占いはどうした。
「ふむぅぅん、ぶっせつまーかーはんにゃーはーらーみーたー……」
「「般若心経かよ!」」
 さらにツッコミ。さまぁず三村もびっくり。
 あんまりフザけてると、アタシの右手の甲が無駄に光って唸って、あなたに
ヒットしちゃうわよ!? そして『またつまらぬモノを殴ってしまった……』とか
ダンディヴォイスで口にしちゃうわよ!?
 ……などと思っていると、急に男性は筮竹を置いた。
「あれ、もう終り?」
 早い。早すぎる。占いらしきものを始めてから、まだ一分も経ってない。
 絶対真面目に占ってないだろう。もしそうだったら右手の甲が(ry で酷い目に
合わせてやるッ!
 しかし、男性は涼しい顔。
「はい、もうバッチリ見えました。あまりの見えっぷりに、ついうっかり鼻血を
ざぶざぶ流しちゃうところだったくらいです」
「……どんな比喩なのか全くわからないけど、つまり私の恥ずかしい過去や未来が、
あらゆる角度から同時に見られちゃったということカシラ? 気持ちCGで再現できる
くらいに?」
「フルHDは確実ですね」
「いやぁぁぁぁぁ……」
 まだ結婚もしてないのに、アタシがフルHDで覗き見られたー!
 ああ、酔ってきたのかしら。妄想の爆走が止まらない……。
「……で、何が見えたの?」
 なんとか話題を戻してみると。

「あなたの不幸な未来が」
 男性は、とんでもないことを口走った。

「……は?」
 今、よく聞こえなかった。いや、正確には、耳には聞こえたけど心には届かな
かった。
 少し混乱気味のアタシを前に、男性はそのまま話を続ける。
「今、付き合っている彼が居ると仰ってましたね」
「ええ、それが?」
 努めて平静を装いながら答える。
「……今すぐ別れた方がいいです」
「えぇー!?」
 つい、素っ頓狂な声を出してしまった。青年は意に介さず続ける。
「今のままだと、あなたは彼と結婚するでしょう」
「え、そ、そうなの!?」
 いきなり宣言だなオィ!
「しかし、その後、彼の金銭感覚の無さが酷くなり、あなたはどんどん不幸になって
いきます」
「そ、そんな……」
 目の前が真っ暗になった。
 確かに、結婚を前提としたお付き合いをしている、つもりだ。でも、結婚前に
『その結婚やめときなさい』と言われるとは思わなかった。
 ここまで来るのにも随分時間がかかっている。適齢期、という意味では、もう……
アタシには時間も少ないのに。
「───信じられない!」
 アタシの口をついて出たのは、そんな言葉。
「あなたの怪しげな占いでなんて出たかは知らないけど、そんなの信じられるわけ
ないわ! アタシを陥れようとしているんでしょう、そうなのね!?」
 だんだん興奮してきた。
「誰、誰の差し金なの!? ゆっこ!? ちえ!? あきこ!? きぬえ!?
 なおこ!? りか!? それとも、それとも……」
「嬢ちゃん、思ったより敵が多いなぁオィ」
「香ばしい人生を歩んできてるんですねぇ……」
 二人が呆れ顔でこっちを見ているが、構っていられない。こっちはいろんな意味で
危機なんだ。
「言いなさい! 誰の差し金なのよ!」
「……いや、差し金とかじゃなくて事実……というか占いの結果なんですが」
「信じられない! その占いとやらが正しいって証拠を出してごらんなさいよ!」
 男性は困ったような顔をした。
 ほーらみろ、証拠なんてないんでしょ?
 ……と思ってたら。
「彼の名前は……星川、一郎さん、ですね?」
「!!」
「先月のあなたの誕生日には、二人で東京タワーデート、後でプレゼントとしてネック
レスを貰いましたね?」
「!!!」
「そしてあなたは、『やだこのネックレス、センス悪い』なんて思いましたね?」
「!!!!!!!!!!」
 ───驚くのを通り越した。
 むしろ色々正確すぎて清清しいくらい。
 特に、最後のは誰にも言ってない、はず。
「なんで……」
 そんなことまで知ってんの、と聞こうとして、やめた。
 『占いの結果』って言うに決まってる。
 そこまで証拠を並べられると、信じざるをえない……。

「にぃちゃんよ、」
 立ち尽くすアタシを見て、それまで黙っていた店主が、ここで口を挟んだ。
「俺ぁ占いなんか信じねぇ。それに、今の話、やたらめったら詳しいよな」
 店主の目がキラリと光る。
「試しに俺を占ってみてくれや」
「それは……」
 予想外の展開に、男性は少し慌てた様子だった。ん? 何故慌てる?
 しかし、平静を装い、こんなことを口にする。
「……高いですよ?」
 金取るのかよ! と、心の中でツッコミ。
「金取るのかよ!」
 意図せず店主とハモッた。
「当然じゃないですか。慈善事業じゃないんですから」
 ぐぬぬぬぬ、と考えていた店主、ふと顔を上げて、
「……ラーメン一杯じゃ足りないか?」
 とか言い出した。安ッ!
「全然足りませんね」
 だよねぇ、あの精度だもんねぇうんうん。
「……二杯!」
 せこッ! 頑張ってる感はあるけど、それが屋台運営者の限界か!
「全然足りませんってば」
「いいじゃねぇか! 嬢ちゃんは占ったくせに!」
 男性はもごもごと口を動かす。
「それは……知ってる人じゃないと……」
 ───知ってる人?
「……アタシ、あなたのことなんか知らないわよ?」
 よもや、やはりストーカー!?
 アタシの鋭い指摘に、男性はしばらくあたふたと手を上げたり下げたりして、
面白いほどに動揺が伝わってきたのだが。
 ついと落ち着くと、
「……まぁソレはソレとして!」
 と強引に話題を変えてきた。
「ちょっと、アタシの質問に……」
「ともかく!」
 さらに語気を強めて押しの言葉。
「あの男とは別れなさい。その方があなたのためです!」
 ……言い切ったなぁ……。
 恨みがましい目で男性を見ていると。
「そもそも、今日喧嘩になったのは何故ですか?}
「うッ!」
 痛いところを突かれた。
「今日みたいな喧嘩が、今まで何度ありましたか?」
「アゥッ!」
「これからも、何度も何度もことあるごとに同じような諍いが起こるんですよ?」
「ゲフゥ!」
「あなたはそれに耐えられるんですか? 耐えたとして、それで幸せなんですか?」
「ノ、ノゥ……」
 くッ……! このままでは負けるッ……!
「嬢ちゃん、がんばれッ!」
 なんで店主に応援されてんのかよくわかんないけれど、でも。
 でも、アタシは。
「───彼のこと、何も知らないくせに!」
 キッ、と男性を睨み付ける。
「いや、知っています。よく知ってますとも」
「占いなんてあてにならないわよ!」
 今度は私が語気を荒げた。
 男性は急に背中を丸め、視線を逸らす。そして小声でぼそぼそ。
「……まぁ……占いだけじゃないんですが……」
 だけじゃ、ない?
「───さっきからあんた、時々……」
 男性をしげしげと眺める。
「まるで、見てきたようにモノを言うわね……」
 それに、どこかで見たことがあるような顔立ち……。
「そ、そんなことはないですよ」
 男性はまたあたふたと手を上げたり下げたりした後、すっと真顔になった。
「このままだと、あなた、不幸になりますよ? それでもいいんですか?」
 詰め寄られて、アタシの勢いが殺がれる。
 考えてしまう───。
 私の傍に彼が居ない光景を。
 ───。
 それは───。
「───アタシ、」
 悲しい───。
「───彼が、本当に好きなの」
 ぽつり、と口にして、そこで初めて、頬に涙が流れたことに気付いた。
 ああ、そうか。
 アタシ、彼が本当に好きなんだ。
 急に、元気がでてくる。
「彼は本当は優しくて……、そりゃ粗雑なところはあるけれど、いつもは
強くて、カッコよくて、だからアタシは彼が大好きなの!」
 一気にまくし立てる。
「あんたなんかに言われなくても、彼がお金にルーズなのはわかってる! でも、
それをアタシは上手に捌いてみせる! 今までだってそうしてきたし、これからだって
そうする!」
 吐露して、少し気分が楽になってきて、
「そもそも、人と人がつきあうって、そういうこと、でしょう───?」
 最後は、涙声になった。
「……」
 男性は黙ってそれを聞いていた。
 店主はこわごわと成り行きを見守っている。
 と。
「ふぅ……」
 男性が、大きなため息一つ。
 上げたその顔は、微笑に戻っていた。
「───その心意気なら、大丈夫かもしれませんね」
「……は?」
 意外な言葉に、つい間抜けに聞き返してしまう。
「あなたの彼が色々ルーズだというのは本当のことです」
 男性は続ける。
「だから、ちょっと心配だったのです。それで、脅かしてみました。すみません。
でも、お覚悟があるようで、ほっとしました」
 そして、にっこり笑った。
 アタシはあっけにとられてそれを見る。

「一つ、アドバイスを差し上げましょう」
 男性はアタシの方をまっすぐ向いて、そう言った。
「今後、何度も彼と衝突することもあるでしょう。その時、決して
うやむやにしないで、その度に話し合って、一緒に答えを見つけて下さい。それと、
財布の紐はあなたがしっかり握っておくこと」
「う、うん」
 アタシは返事をするのがやっとだ。
 ……結婚式披露宴の三つの袋の話かぃ。

「では、これを」
 男性は背広の胸ポケットから小さな紙を取り出し、アタシに差し出した。
「───なに? これ?」
 短冊? 七夕だけに?
 見ると、『竹彦がいい男になりますように』と書かかれ、その下に小さな赤ちゃんの
手形が押してあった。
「お守りです。七夕生まれの赤ん坊が、あなたを守ってくれるように」
「はぁ……」
 この願い事で、どうやってアタシが守られると?
 それに、どこの奇特な赤ん坊だか知らないけれど、見ず知らずのOLを助けてくれる
なんて、よっぽど物好きな上に、異様に守備範囲が広いのね。オネーサン助かっちゃう
わぁ。
 ……とは言わないでおいた。理由はなんとなく、だけど。

「さて、では私はこれで」
 男性はすいと立ち上がり、台の上にお金を置いて出て行く。
「あ、ちょっと待ってよ……!」
 慌ててアタシはそれを追いかけるが。
 屋台の暖簾の向こうに、もう男性の姿は見えなかった。
「何だったの……?」
「さぁてねぇ……?」
 残されたアタシと店主は、多分狐につままれたような顔をしていたに違いない。

 七夕、だからかしら……?

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 それから。
 アタシがあの男性に会うことは、二度となかった。
 男性の予言(?)どおり、アタシと彼は何度も衝突し、その度に助言に従って問題を
話し合ってきた。
 彼は確かに粗野なところがあって、うやむやにしておくと増長してしまう傾向が
あったけれど、アタシは男性の言葉を守って、今のところ、彼を上手にコントロール
してきている、と思う。
 その後、彼と結婚し、子供が生まれて、今日で一年。

 今、私の手の中には、全く同じ短冊が二つ。

『竹彦がいい男になりますように』

七夕生まれの私の子供は、竹彦という。

<了>