タイトル『お1人様』 yosita

「お1人ですか?」
「……」
「1人ですか?」
「1人の何が悪いの?!」
私はじろりと眉間にしわを寄せる。
そりゃ、面識のない男になんでそんなこと
言われなければいけない。
「文句でもあるんですか?」
「いえ……」
若い男は、慌てて店をでていく。

まったく、1人でラーメン屋に来ちゃ悪いのか。
いくら、私が美人だからで店内でナンパされちゃ、
大将も迷惑だ。
「困りすね、ああいう輩は」
私はメインのねぎだくとんこつラーメンを平らげ、
餃子とビールでまったりしているところだ。
「あとで塩まいておくぜぇ」

――私は今年35歳になるOL。
職種はソフトウェアメーカーの現場主任。
はっきり言って、うちの会社は真っ黒のいわゆるブラック企業。
残業は月100時間を超え、手当てもほぼ出ない。
なので、会社帰りにラーメン屋いっぱいやるのが数少ない
楽しみだ。
大学の時の同期は、結婚したり子供が生まれたりで
人生を謳歌している。
私はーー。
私はどうだろうか。
「……」
「私の青春をか、返して……」

 

「うぅぅぅう」
まだ、頭痛がひどい。
今日は少し飲みすぎたかも。
はぁ……。
「うぅうぅう」
これはまずい、道路を汚してしまう。
「おい、自然を汚すのは良くないわ」
ん? 暗がりでよく見えない。
私より若い男のようだ。
「飲みな」
男が差し出したのは、ミネラルウォータのペットボトル。
怪しい……。
怪しすぎる。
私が躊躇していると、
「好意は素直に受け取るものだと思うよ」
「あっ、うん……」
いっきに喉に流し込む。
「生き返ったーー」
「あっ、ありがと」
あれ? いつの間にか男の姿がない。
私の手にはペットボトル。
幻ではない、じゃ……。
幽霊?

「田中さん、田中さん」
次の日の昼過ぎ、職場でのこと。
「はい?」
「田中さん宛てに、可愛い男の子が来てますけど」
同僚が、笑みを浮かべながら手招きしている。
「男?」
「なんだかんで、田中さんも寂しいですね……。わかりますよ」
「はぁ? 何それ……」
同僚に言われ放題。


会社の受付
「この前はどうも」
あっ、この間のラーメン屋で……。
凛とした顔にリクルートスーツを来た男。
よく見ると、大学生くらいだ。
まだ未成年かもしれない。
「一体、どんな用件ですか?」
新手の詐欺かもしれない。
お金なんて、もちろんない。
「ちょっと、来て」
青年は無理やり私の腕を引っ張り人気のない
とっ、トイレに連れ込む。
しかも男子トイレ。

「な、なんなんですか?」
「……」
青年は舐めるように私をつま先から頭の先まで眺めてから、
「彼氏は?」
「彼氏はいるの? フィアンセは?」
「あのー、人違いじゃないですか?」
まともに付き合ったのは学生の頃。
なぜ私にそんなことを聞く?
「今は……」
「いないわ」
「今は? 今もの間違いじゃなくて?」
くぅうぅう。
顔はイケメンなので言いたいこと言うなぁ……。
「このまま、一生独身でいいのかい?」
「それは……。そもそもトイレで話す会話?!」
これじゃ、私が年下のイケメンをトイレに連れ込んでいるようにしか見えない。
しかも、真っ昼間から。
「なんで、あなたからそんなこと指摘されないといけないわけ?」
「……」
「余計なお世話なんですけど!!」
青年は私の顔を眺めて、
「今、流行のおひとりって、やつですか……」
「……」
別に私も格好つけているわけでも、なんでもない。
自然とこうなってしまった、わけだ。
結婚願望がないわけではないし、
ごくごく普通に幸せな家庭を築きたい。
「困るんですよね」
青年は頭をふって、
「最近、未婚率も増えて……」
「日本の危機です」
いやに話が大きくなった。
そんな規模のでかいことを私に言われても、どうしようもない。
「いいですか、チャンスは待っていても来ない」
「そ、そんなことわかっているわよ!」
「先日、女子会という名の飲み会でわめいていたそうですね」
!!
な、なんで……。
それを知っている……。
「だっ、誰に聞いたの?!」
「細かいことは気にしないで」
「気にするわよ!」
「はっ、そうか。あんた、ストーカーね! いくらか、私がキレイ系だからって」
「……」
否定しない?!
「まぁ、それより。どうですか、身近な男性を思い浮かべては? あまりにも身近過ぎると気付かないって、言いますよ」」
「身近な?」
ん……。
会社では同期の田端君、彼はまだ30歳なのに頭はツルピカで最近植毛を検討しているだとか、専らの噂。
後輩の飯島。顔はイケメンだが、かなり女関係にはだらしない。二股、三又は余裕。
上司の野田課長。50を過ぎるのに独身、水商系の女性に貢いでいて借金まみれ。
「社内は全滅……」
「じゃ、近所とかには……」
アパートの隣人、エンジンを思わせる毛むくじゃらの石井君。大学受験に失敗して、3浪中。
アニメやらゲームを買い込んでいるのをたた目撃している。
アイドルの追っかけもしている模様。

と、まぁ……。
私の周りにはろくな男がいない。
「身近な男は、ろくなのがいない」
「彼らにもいいところはあるはず……」
「多分……」
自信なさそうに話す。
「理想が高すぎじゃないかい?」
「今時、年収1000万で医療関係でとか」
「そんな理想高くないわよ、そそう」
いたいところをつく。
20代前半まではそんなことも言ってたこともあったな……。
「……」
イケメンは好み。
それは間違いないが……。
目の前の青年には、ちっともそんな魅力を感じない。
なぜだろうか……。
「ところで、君。名前は?」
「ん、え、あ……」
なぜかあたふたする青年。
「ほし、じゃなかった。竹彦です」
「竹彦? 渋い名前ね。あっ、もうこんな時間!」
「ちょっ」

いつまでも男子トイレにいるわけいかないので、急いで職場に戻る。
つたく、一体何者? 新手のストーカー。
でも、そんなに悪い人間には見えなかった。
それにどこかで会ったことあるような……。

「先輩! 合コン行きませんか? 今夜」
やっと今日の仕事が一段落したらところに、庶務課の後輩が話しかけてきた。
「合コン? ねぇ……」
「お願いします! 人数足りなくて」
「もぉ、仕方ないわね」
頭数合わせか、どうせそんなことだろうかと思った。

「詩織さんって、意外と楽しい人なんですね」
「えっ、そ、そう……」
合コンの帰り道。どうせ頭数合わせなんだからと、気楽に参加したはずなのに帰りにはなぜか男と2人。
彼の名前は星川さん。
私より、5歳年上。
彼とは、社内で何度か顔を合わせたことがあるがまともに会話したのは今日が初めてだった。
見た目は、イケメンとはほど遠いなぜか引かれるものがある。
「あっ、ここから私いきつけのラーメン屋があるんですが……」
私は酒の勢いも手伝い、いつものラーメン屋に行こうと提案する。
「どうですか?」
「人は見かけによらないですね、田中さんがラーメンをすすっている姿なんか想像できないですよ」
「もう、私ってどんなイメージなの?」

「ちょっと、小汚いけど。味は逸品ですよ」
「でしょ?」
「……田中さんって、彼氏いないんですか?」
「えっ、いないけど。いたら合コンこないでしょ?」
「まぁ、そうですかね……」
星川さんは笑みを浮かべて、
「僕も今、一人です」
「あ、そう……」
「まいったなぁ、反応薄いなぁ」
「あっ、そうそう。この前やつにつきまとわれて……」
「えっ、なんですか。それ?」
「ちょうど、このラーメン屋だったわね。いきなり、私に対して「お一人ですかって?」聞いてきたのよ?!」
あー、なんか思いだしたら腹がたってきた。
「私も好きで一人でいるわけじゃないって!」
……。つい、声をあげてしまった。
星川さんの前で私は何を言っているのだろう。
「あ、そうそう……」
慌てて話題をそらす、
「それでそいつ、会社まで来たのよ?!」
「会社まで? 新手のストーカーとかかもしれませんよ。警察に相談したほうがいいと思いますよ」
「でも。イケメンなのよね。星川さんと違って」
「いやー、はっきり言いますね。傷つきますよ」
「冗談よ、冗談」

「すっかり遅くなりましたね……」
「楽しかったらいいのよ」
「そ、そうですね」
帰り道。
ラーメン屋をでると、すでに時間は23時を過ぎていた。
「星、キレイですね……」
星川さんの言葉で上を見上げる。
「あっ……」
思わず、見とれる。
まさに、満天の星。
「そういえば、今日は……」
星川さんが言いかけると、
「ん……。あっ、あいつよ。あいつ!」
また、現れた。
例の青年の姿が目に飛び込んできたのだ。
ちょうど電信柱の影。
距離は20メートルほど離れている。
青年は、こっちを見ている。
「えっ、どこ?」
「あいつよ! あ、あれ?」
あれ? どうなっているの?
もう姿が見えない。
一体何なの……。
「消えた……」
「誰かいました?」
「いたわよ! スーツを着た、20代くらいの若い男が……」
「もしかして……。幽霊とか」
「まさか……」
だが、星川さんには姿が見えない。
なぜだろうか……。
「あ、竹藪ですかね……」
青年が消えた、電柱の裏手は竹藪が見える。
「そういえば、今日は七夕でしたね……」


2年後、私は星川詩織になり、そして子供が生まれた。
星川さんと結婚したのだ。
付き合いはじめてから色々あったが、彼を選んで良かったと思っている。
そうそう、彼と結婚してから例の青年は姿を見せなくなった。

ちなみに子供の名前は、竹彦。
七夕になると、考える。
謎の青年の正体は、未来からきた私の息子。
なんてね。
まさか、あり得ない……。

答えがわかるのは、当分先になりそうだ。

<了>