タイトル『ネコ耳バンド』 yosita
ため息をする数ほど幸せが逃げていく。
その基準で行くなら、僕はどれだけ幸せを逃しただろうか。
「はぁ……」
今日の面接もダメだった。
「おい、あんまりしけた面するなよ」
「仕方ないだろ、これで8社目だ」
「悩んでも仕方ないだろ?」
就職氷河期ーー。
そう言われて何年経つだろうか……。
確かに高校、大学と勉学に精をだしていたかと言うとかなり疑わしい。
端的に言うと、遊び呆けていた。
しかし、こんなに苦しいとは思わなかった。
試験、試験、面接、面接、面接……。
今まで遊んでいたツケがが回ってきたと言えば、それまでだが……。
ここまで苦戦するとは正直、考えていなかった。
いつも、何とかなるそう考えた。
「さて、どうするかな……。大人しくニートか」
田端がヘラヘラと呟く。
「冗談だろ?」
ニートつまり無職。
僕の家は、決して裕福な家庭とは言えない。
さすがに働かないと親に悪い。
「でもなぁ〜。俺たちが悪いのか? 政治家だろ」
「いや、この国か」
田端が言うことも一理ある、腐敗した政治。
汚職なんか日常茶飯事だ。
貧乏人が損をする。
それくらい僕にもわかっていた。
親を見ているとそれが身にしみるほどわかる。
休みなしで働いても贅沢な生活とはほど遠いのが、現実だ。
それに昔は誰でも会社に入れたと聞く。
運が悪いーー。
でも、それだけか……。
大学の先輩でもしっかり就職して働いている人もたくさんいる。
「いいよなぁ、働く必要がなくて」
「ん?」
「俺も、ネコになりたいなぁ」
田端が顎で指したのは黒ネコ。
そりゃネコも大変だろう。
いくら仕事がないからって……。
「ただいま……」
時間は夜10時を過ぎている。
家の明かりがまったく点いていない。
親はまだ戻ってきていないらしい。
「……」
うん?
何だ、この妙は臭いは……。
ごくごくわずかだが、蝋が溶けたような臭いがする。
本当にごくわずかだし、火事の元というわけでもないのでほっとくことにした。
プルプルっ。
自分の部屋に着くなり、ケータイが鳴った。
「はい、もしもしーー」
イヤな予感がするーー。
今日受けた企業からだ。早い。
あまりにも早過ぎる。
「はいーー」
「はい」
電話の相手は用件のみ事務的に伝える。
「わかりました、ありがとうございます」
そして、通話を切る。
不採用ーー。
……。
少し前までは封書で連絡が基本だったが、まったくの選考対象外者には
電話連絡がくる。
つまり、僕だーー。
「はぁ……」
親にどう伝えればいい?
「ーなんだこりゃ?」
僕の机の上に黒く丸いヘアバンドのようなものが、置かれている。
もちろん見覚えはない。
「……毛? あん?」
まさか、これは……。
「ネコ耳バンド……」
噂に聞くそれだった。
間違いない。
耳だ。
かわいい彼女に装着させるなら別だが、僕がつけたところで……。
気色悪いだけだ……。
ったく、誰だこんなの置いたのは……。
「にゃんーー」
2分後、ネコ耳をつけた若い男が鏡の前に立っていた。
ーー僕だ。
「にゃっ」
僕だ。
相当疲れているのだろう。
でなければ、こんな行動にでるはずがない!
「取れない……」
ネコ耳が離れない?!
ただ軽く自然に付けただけだ、それなのに……。
どうしようか……。
田端、それか父さん、母さん……。
いやいや、こんな状況ではさすがに呼べない。
絶対無理だ。
そうだ、ここはいさぎよく寝てしまおう。
理由はよくわからないけど、うまくフィットしてしまったのだろう。
そうに決まっている。
「おい」
……。
「いつまで寝てる」
誰だ? まだ、もう少し寝かせてくれ……。
「いっつ!」
バリバリと顔を引っかかれた。
爪? 爪で引っかかれた?
しぶしぶ重たい瞼を開ける。
あれ?
僕がいるのは薄暗い路地。
まだ日が明けていない。
しかも裸だ。
そうだーー。
頭に手をやる。
まだ、ついている。
ネコ耳バンド。
つまり、僕はネコ耳を付けたまま素っ裸のまま路上で寝ていたのか。
これは変質者以外の何者でもない。
「いつまで、ぼっとしている?」
目の間には誰もいない。
がーー。
足下にいた。
黒ネコだ、黒ネコが僕に話しかけてきている。
「僕はネコになったのか?」
「何を言っている?」
黒ネコは外見に似合わない野太い声で答える。
え?
あ?
は?
頭の思考がついていけていない。
はぁ、夢か。
これは夢なんだな。
ネコ耳をつけたから、ネコになった。
胡散臭い話だ。
それに僕の姿はネコになっていない。
そうか、僕自身から見ると人間だけどネコから見れば僕はネコなのか。
なんて単純なネコいや夢。
「それで、食事はどこなんだ?」
「……」
黒ネコは前足で残飯を指さす。
残飯か……。
さすがにそれは食べられない。
一応はのぞく……。
まさに残飯……。
「これ食べるのか?」
「何を言っている? 仕事が先だろ。仕事」
黒ネコは僕を鋭い目つきでにらみつける。
「仕事?」
連れて来られたのは、廃ビルの屋上。
「あれは……」
田端だーー。
あいつ何をしている?
フェンスを越えて今にも飛び降りそうな勢いだ。
「わからないのか?」
「はぁ?」
黒ネコはトーンを変えず、
「あの男はもうすぐ死ぬ」
「えっ」
この黒ネコは何を言っている?
「田端が死ぬわけないだろう」
「そうか?」
「お前が願ったったんだろう?」
「そんなわけないだろう」
僕がそんなこと思うはずはない。
「本当にそうか?」
……。
少しだけ、ライバルが減ればいい。
それくらいは思ったことある。
けれでも、死んで欲しいなんて……。
そうだ、田端は……。
就職のことなんか、全然気にしていなかった。
はず……。
「……」
田端はまだずっと屋上でうつむいている。
「我々の仕事は死にたい人間の背中を押すだけだ」
こっ、こいつ何を言っている?
「にゃー」
初めて黒ネコがネコらしい鳴き声を発したが、
おい!
黒ネコの集団が田端に襲いかかる。
「っあ」
田端の体が一瞬中に浮き、そして視界から消えた。
「た、ば、た……」
僕は崩れるようにその場にうずくまる。
「これが、我々の仕事だ」
「っ、ネコのくせに人間を殺すなんて!!」
「……」
「ネコ? ああ、我々をそう呼んでいるようだな」
黒ネコは何もなかったかのように落ち着いた口調で話す。
「これはお前、いや正確にはお前の両親が望んだことだ」
「はぁ? 僕の親が?」
「そうだ」
「お前の両親の願いは『息子の就職が何としても決まりますように』」
「それが、どうして田端を殺すことになる? どうしてだ?」
「ライバルは排除したほうがいいだろう。それに……」
黒ネコは僕に背を向け、
「あの男は、我々を見下していたからな。いい気味だ」
……。
「だが、お前の両親は神頼みのつもりが悪魔頼みになってしまったのだ」
あ、悪魔?
父さん、母さんをそこまで追いつめていたのか……。
それは僕のせいなのだろう。
「だから、我々は自分たちの都合のいいうように解釈し、願いを叶える」
「もちろん、その代償もな」
「まさか!」
僕の脳裏に両親の姿が浮かぶ。
「お前の親には何もしていない、その代わりお前を仲間に引き入れることにした」
「仲間?」
僕が黒ネコの仲間だって?
「冗談じゃない!!」
「我々も人間の世界で言う、会社と同じだ」
「夜中に起き、獲物を狙い。そしてその報酬をもらう」
「誰が、悪魔の仲間なんか!」
「よく自分を見てみろ」
そ、そんな……。いつの間にか体中が真っ黒い陰に染まっていく。
「時期に見慣れた、黒ネコになる」
黒ネコ……。
それは僕らの周りにいる死神なのかもしれない。
夢なら早く覚めて欲しい。
僕はまだそう思っている。
<了>