タイトル『栄養ドリンク』 yosita

2本目……。
いや、3本目か……。
このドリンク剤は。
「効かない、まったく効かない……」
効果ゼロ……。
時計の針はちょど2時半を指している。
俺は頭をぐるぐる回す……。

おかしい、もっとも集中力が持続する時なはず……。
異常な脱力感、怠惰感が俺を襲う。
どうしてだ?
ここ1年、こんなことは一度足りともなかった。
何がいけない?
不規則な生活は今に始まったことではないし、寝不足なのもいつものこと。

ダメだ、こんなじゃ……。
「眠い……」
「眠すぎる……」
徹夜2日目……。
もう2日目。
いや、まだ2日目。ベットに目をやる。
まるで砂漠の中のオアシス。
汚いせんべい布団も天国のように見える。
吸い込まれそうだ……。
ダメだダメだ!

――今年35歳になる俺が、なぜ徹夜続きなのか。
それは、仕事だからに他ならない。
このセリフだけ聞くと何て響きがいいことか。
俺の仕事はフリーのシナリオライター。
PCゲームのシナリオを書いている。
シナリオライターと書けば響きはいいが、基本は年齢制限があるものがほとんどなので大ぴらには言えないが実情。
実際のところ、友人にも仕事のことはあまり話していない。

そもそも、俺の夢は作家になることだった。
だが、いくら新人賞に応募しても一次審査すら通過しない。
高校生の頃からずっとだ。
――このままだとまずい。
将来に言い知れない不安を抱えた、そう気づいたのは25歳、遅かった。
遅すぎた。
急いで一般企業への就職活動を開始したが、
それもことごとく落ちた。
当時は本気で物語の中で生きたいそう本気で思ったのは何度あったことか。

物語のキャラクター達はいつも生き生きとしている。
しかも、ほとんどがハッピーエンド。
こんないいことはない。

そんな途方にくれていた俺を救ってくれたのが、高校の後輩である田端という男だ。
たまたま手伝って欲しいと言われたゲームシナリオの仕事。
それが思いの他、高評価を受けた。
そこからシナリオの仕事が徐々に増えていき、気がつけばフリーのシナリオライターになっていたわけだ。
運が良かったとしか言いようがない。
それに小説家でなくても、同じ物語を作る仕事。
夢は叶ったと言っても過言でない。

しかし、現実は甘くなかった。
締切、締切に追われる日々。
おかげで30歳になる前に早くして頭も禿げ上がってきた。
近所の子供からは『中途半端ハゲ』と呼ばれる始末。

「さて……」
現実逃避はこれくらいにしよう。
俺は、真っ白のPC画面を見つめた。

締切は3日後。
到底間に合わない。
いつもこんな感じだ。
締切前にはテレビも新聞も見ない。

 そう、それで常飲しているのが栄養ドリンク剤。
カフェイン、タウリンはたっぷり。
実のところ、本当に効いているのは疑わしい。
つまり、気分の問題。

「妙な耐性がついてきたのか……」
耐性がつくとは聞いたことがある。
「1日3本は飲み過ぎだな……」
『用法用量はお守り下さい』の文言は、言われなくても知っている。
あってないようなものだろう。


「らっしゃい……」
やる気のない店員、いつのも深夜のコンビニ。
客は俺しかないようだ。
とりあえず、雑誌を立ち読みする。
「7年前のブームが再来? くだらん……」
週刊誌を自分で読んでおいて、自分で文句をつける。

「ん……」
目に止まったのは、いつの栄養ドリンク剤のコーナー。
見たことのない、緑色の小瓶に入った栄養ドリンク剤が陳列してある。
だが……。
何となく……、懐かしい感じがした。
商品説明のPOPには『頭スッキリ、徹夜の味方』と書いてある。
何とまぁ陳腐な宣伝文句。
『おいで、おいで』
「はぁ?」
……。
何だ今のは……。
ついに空耳まで聞こえはじめたか……。

俺は辺りを見回すが、レジで立ちながら寝ている店員しかいない。
『おいで、おいで』
「!!」
冗談だろ?
空耳ではない。
声にエコーがかかったような声質だが、どうやら少女のようだ。
誰だ?
「くっ……」
やはり周りには誰もいない。
とりあえず、店員に聞いてみる。
腹話術のようにあの店員が声をだしている可能性もゼロとは言えない。
「おい」
「はっ、はい! いらっしゃいませ」
「今、子供ーー女の子の声がしなかったか?」
「はい?」
「女の子の声だよ」
「いえ……」
「本当か?」
いっこく堂のマネでもしたんじゃないか?
「あの〜」
ジトとした目で俺を見つめる店員。
くそ、当てが外れたらしい。
なんだ、俺が悪いのか。
「お客様の空耳ですよ、耳鼻科に行ったほうがいいのでは?」
随分と毒舌な店員。


「なんでかな〜」
店員とひと悶着あり帰宅。
机の上には例の栄養ドリンク剤の瓶。
結局買ってしまった。
値段は500円。
コンビニで売っている中では高いほうだろう。
せっかく買ったので、さっそく……。
瓶を開けようとするが、固い……。
思いのほか、小瓶のキャップが固い。
「おっ」
キャップが取れた瞬間また例の声がした。
『おいで、おいで』
そして――。


「うーん」
どこだここは?
どうやら寝てしまったようだが、自分の部屋ではない。
「田端……」
後輩の田端がそこにいた。
赤いイスに腰掛け妙な笑みを浮かべている。
「よぉ、来たか……」
後輩だが、仕事の上では一応先輩にあたる。
だから、田端は敬語を使わない。
「……」
「まぁ、座れよ」
奇妙な空間だ。
円形状の天井の高さは2メートル。
部屋の壁も球面状に曲がっている。
しかも、周りのも全てイラストのようだ。
アニメの世界にポンと投げ出されたようなそんなイメージ。
「これは夢か?」
「さてな……。夢にしてはあまり気分がいいものじゃない」
田端は、いやに落ち着いている。
何か知っている、そうに違いない。
『2人とも揃ったーー』
頭の中で声がした。
「ひっ!」
等身大サイズの人形が2人テーブルの周りをいそいそ歩きながらドアにでたり入ったり……。
しかも、『おはよう、アリス』「おはよう、アリシア』と2人で会話しているようだ。
身なりはメイド服に背中まで延びた金色の髪。
こいつらの声か……。
不気味なのは、その人形には表情がまったくないことだ。
しかも、決まった動作を繰り返し行っている。
「私たちを覚えてないの?」
また声が聞こえた。
人形達を見るが口元が全く動いてないことに気づく。
それが逆に不気味だ。
「田端、この2人が話しているのか?」
「そうらしい」
「何なんだ、こいつらは?」
「ふ……」
「おい、何か知っているんだろ!」
俺はつい声を荒あげた。
「覚えてないのも無理がないか。彼女たちは疲れているようだし。ここは僕が説明しよう」
「何せ、彼女たちは2500回目を越えているんだからな」
「は?」
にせんごひゃく?
所持金のことか。
「まずは、ここがどこかそれから説明しようじゃないか」
俺にかまわず田端は話はじめる。
その間にも人形たちーー彼女たちは同じような動きを繰り返している。
「すでに気づいているかもしれないが、ここは小瓶の中だ」
「小瓶?」
「おまえも買ったんだろ、例のドリンク剤を」
ドリンク剤……。
ああ、そうだった。
コンビニで買って……。
それから……。
瓶を開けて……。
で。
それから、どうした?
「つまり、ここはその瓶の中」
「はぁ?」
つまりって説明になってないぞ。
「ほら見てみろ?」
田端は天井の小さな穴を指さす。
「そこの穴から見えるだろ、瓶のフタが」
言われれば、そう見えなくもない。白い物体がぼんやり見える。
「ああ、わかった。わかった」
面倒なので、適当に答える。
まずは田端の話を聞いてからにしよう。
珍しく、田端は話をしたがっている。
一応は信頼できる男だ。
「それで?」
俺は続きをせかす。
「そうだ、僕たちは瓶の中に閉じこめられた。まずはそこまではいいかい?」
全く持っていいわけがない。
「それで?」
「まぁ、そう睨むなって。僕も君がくる数時間前に来たばかりだからさ。彼女たちの話を理解するの相当手間取ったよ」
「続けて」
「つまり、彼女たちのこと覚えてないかい?」
「覚えてない」
即答。
「無理もないか、僕も思いだしのはここに来てからだ」
視線を感じる、彼女たちに見られているのか?
だが2人は今も同じ動作を続けている。
「ーー彼女たちは僕たちが作り上げたキャラなんだよ」
「……」
思考停止。田端は何を言っている?
「ちょうど7年前に居酒屋で即興で物語を作ったのを覚えてないか?」
「7年前……」
「まぁ、あの時は僕も君もかなり酔っぱらっていたからね。僕もうっすら覚えている程度だよ」
「その即興で作ったストーリーの登場人物だというのか?」
「ああ、どうやらそうらしい」
バカらしい。
そんな話、どう信じろと言うのだ。
「それと俺たちがここに閉じこめられるのとどう関係しているんだ?」
「そこだ、そこだよ。どんな話だったかも定かではないが……」

 田端が断片的に語った話はこんなものだった。
あるところにお屋敷に仕えている小間使いの姉妹がいて幸福でも不幸でもない日常を送る。
まるで意味不明なストーリーだった。強いて言えば、日常系か。


「そんな話だったか」
うっすら思い出した気がする。
だが今の事態とはどうも結びつけることができない。
「何でそんなくだらない話を考えたか? そう思っているんだろ?」
「ご名答」
「そのときは随分と仕事のストレスが貯まっていたらしい、お互いな」
「いつものことだろう」
「僕たちも今より少し若かったからな」
若気の至りとも言いたいのか。
「あ!」
断片的だが徐々に記憶が蘇ってきた。
そうだ、俺と田端は居酒屋でも物語を考え、原稿用紙に書きーー。
「川に流した、原稿用紙を詰めて」
そうだ、かなり悪酔いをしていたらしく原稿用紙を小さく折り曲げて無理矢理瓶に詰めた記憶がある。
ボトルシップに詰めた、手紙にでも模したのだろう。
「おっ、やっと思い出したか」
「我ながら奇妙な行動をとったもんだ」
「では、これは覚えているかい」
「『物語の中で生きていきたい』」
そうか、今とさほど変わってはいなが当時は締め切りに追われていてせっぱ詰まっていたのだ。
だから、そんなことを口にしたのかもしれない。
「僕たちは日常に嫌気をさしていた、だから現実逃避の為にチープな物語を作りだしうさ晴らしをした」
「そんなの酒が入れば誰でもするだろう?」
誰でもとは言い過ぎが、若干いやかなり特殊な部類に入るのかもしれない。
「ーー今まで同じ物語を繰り返し続けてきたんだ。彼女たちは」
田端が一気にトーンを下げた話す。
「今まで?」
「7年前からずっとだ、2000回をゆうに越えているだろう。来る日も来る日も同じことをずっと……。物語はたった1日で完結する。終わったらまた最初から、そのずーと繰り返しだ。それを7年」
気が遠くなるような数字。
目まいがする。
同じ1日を2000回以上……。
だが、俺はふと重要なことに気づいた。
「まぁ、待て。田端」
「うん?」
「仮に今までの話が本当だとして」
「彼女たちに記憶があるのか? 7年間同じ1日を繰り返してきたという記憶が――」
『あるわ』
また聞こえた、直接脳に話しかけられているそんな感覚だ。
口元はやはり動かない。
『私たちは1000回目で気づいたの、同じ1日を絶えず続けていることを。ねぇ、アリス』
『ええ、アリシア』

「おっと、もう時間のようだ」
田端はぼそりと言った。
『私たちの代わりにあなた達がこの物語を続ければいい。それがあなた達が望んだこと。ねぇ、アリス』
『ええ、アリシア』

「えっ……」

「おはよう、アリス」
「おはよう、アリシア」
今日はちょうど1000回目の1日。
俺と田端は彼女たちと入れ変わった。
厳密には意識だけ入れ替わった。
外見は彼女達と同じまま。
同じせりふ、同じ行動をすることしかできない。
それでいて意識だけはある。
なんという苦痛か。
そういえば、例のドリンク剤には復刻版の文字があった。
偶然が必然かはわからない。
7年後に入れ替わったのは理由があるのか。
だが、これだけは言える。

決して、物語の書き手になろうとも、物語に入り込みたいとこは間違っても思わないこと。
後悔しているのはそれだけだーー。

<了>