『サイケデリック・アルケミスト』 作:achro
リライト yosita
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わたしのおねえちゃんは いつも おこっています
すごく こわいかおで
だけど なににおこっているのか わかりません
たいぐうかいぜん とか
こうしゅうえいせい とか
むずかしいことばを つかいます
わたしには よく わかりません
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『――ほんっと! 何なのよ、この部屋は』
透き通った声が……。
――何だ?
朝からやかましいな……
『ものが散らかって汚いし、窓を開けないから埃が溜まってるし、
太ったニートはずっと寝てるし。豚よ、豚!』
太ったニート?
なんだ、その豚は……。
って、俺か?
んっ、ちょっと待て。
『あー暑苦しい。いつまで部屋に籠ってるつもりなのかしら』
――そう、俺はここ3ヶ月間、引きこもっている。
会話の相手は、おかんと時々おとん、だけだ。
『臭いも酷いし……
だいたい、同じ部屋でカップ麺を食べ続ける時点で不衛生よ』
……えーっと、整理しよう。
レム睡眠中の頭をフル回転させる。
ここしばらく、会話したのは家族だけだ。
でもこれは家族の声じゃない。
そもそもこの部屋の鍵を持っているのは俺だけ。
――つまり?
今部屋でキンキン喚いてるのは――
「モニターから飛び出た美少女に違いない!」
※(大抵の場合)違います。
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十分後。
「……なるほど。
要するに、お前は彫刻の人形で、
何かの拍子に意思を持っちゃったー! ってことか」
意外と聡い俺。
人形の彼女も驚いているはずだ。
『……理解が速いわね』
「マンガとかでよくある話だからな」
『そ、そう』
世間では、人形はよく喋るものなのだ。
「で、お前。名前は?」
『乙女たちの憂鬱その1よ』
憂鬱か、確かに不機嫌そうな顔をしている。
「あ? オカメ? 言われればそんな顔しているな」
『おい、こら豚』
「仕方ない、ここは仮にミー子とでもしよう」
『猫じゃないけど、いいでしょう』
なんだいいのか、それで。
「で、何をしている? ミー子よ。俺はこれから惰眠を貪らないといけないのだ」
『とりあえず、話を聞きなさい』
話を聞くと、ミー子は
間違いなく彫刻『乙女たちの憂鬱』の人形らし。
意識らしいものがでてきたのは、売り出された頃から。
買い手は勉強家の初老の男性で、その時に彼の遣う言葉を必死で覚えたらしい。
それにしては口が悪い。
口……。
あ、いやミー子は口をーー。
「つまり、これが、テレパシーってやつか」
口は動いてない。
当たり前だ。
『そう……そうね、おそらく』
テレパシー。
言葉を交わさずに意思を伝えるという、超能力。
そんなこと、出来るわけないと思っていたけど……
起きた以上は、認めざるを得ない。
起因はどちらなのか? 俺か、ミー子か。
『で、豚。
言葉が通じたからには、頼みがあるの。
もちろん部屋の掃除とか空気の入れ換えもしてほしいのだけど、
それよりまず……』
「生みの親に会ってみたい、とか?」
『……それも、漫画に書いてあったのかしら』
「ありがちなパターンだ」
どうやら本当に生みの親に会いたいのか。
『私には、生まれた時の記憶がないの。
だから、親のことはわからなくて』
「ふうん」
『それを知るまでは、私はきっと安らげない』
「数年前にもらったものだからなー……
誰にもらったかもうろ覚えだし」
正直、面倒だ。
『お願い』
「やだ」
『一生のお願い』
「めんどい」
『――――!』
「……」
口論は日夜、時間を問わず続き――
二日目の夜。
「……わかったわかった。
探すだけ探してみるよ」
結局、ミー子の熱意に負けた。
意外と粘り強い。
*****
おねえちゃんと にーとさんが
でかけることに なりました
わたしは おるすばんです
*****
「……で、会ってどうするんだ?」
作品名を検索しただけで、手がかりは意外にあっさり見つかった。
作品は、一人の彫刻家の工芸品だということ。
その彫刻家が、ちょっと名の知れた人物だということ。
顔写真こそなかったが、仕事場の住所まで判明し、
それが意外に近くだったため、ミー子と行く行かないの口論になり――
「彫刻全部持ってくのは重い」
運動してないからな、力も5歳児なみ。
『じゃあ私一体だけでいい』
「いやそんな取り外せるわけが……あれ、取り外せた?」
という論戦を経て――
神奈川県○×市なう、に至るわけだ。
非常に不本意ながら。
「……おい」
返事のないミー子に、もう一度話しかける。
端から見れば不審者だな。
『豚、話しかけないで』
「なんだよ……まったく」
――まあ、こいつが緊張しつつワクワクしつつビビってるのは、わからんでもないが。
なんせ昨日は一晩中、想像の持ち主をべた褒めするのを聞かされたんだ。
ちょっと引用すると――
『顔はちょっと陰のある整った美人なのだけれど、
きっと、目は鋭くて、まるで全てを見通すかのような瞳で。
でも、情熱的で、雄弁で……でも上品で、まるで王子様みたいな――』
そんな奴いるかっつーの。
「……着いたぞ」
「永瀬」と書かれた(悔しいことにイケメンっぽい名前だ)表札を確認し、
インターホンに手を伸ばすと、
『ちょっ、ちょっと待ちなさい!』
とミー子が俺を止める。
「……? いいのか」
『い、今……深呼吸をしてるの』
はぁ?
人形に深呼吸ができるのだろうか……?
まぁいい。
ピンポン。
ちょっと意地悪な気持ちで、俺はドアホンを押した。
『えっ』
『ちょっと!』
と焦る様子のミー子を横目に、
俺も少し、ドキドキしていた。
*****
一通りの、挨拶があって。
「中野区からですか。それはまあ、わざわざどうも……」
目の前でお茶を注ぎながら、話しているのは。
気の弱そうな目に、表情の起伏の乏しい、お世辞にも芸術とは縁遠オッサン。
「…………」
ミー子は絶句しているようだ。
思い描いていたイメージとあまりにもかけ離れていたからだろう。
『……ま、まあ、そういうこともあるさ』
「…………」
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まくあい です
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『…………』
想像と違いすぎたのか、すっかりしょげかえったミー子の横で。
俺はと言えば、結構楽しんでいた。
ずっとやかましかったミー子が黙り込んだのもあるし、
永瀬というこの男性にも、親しみが持てた。
「私もね、その……昔は、ずっと家に引き込もってまして……
今で言う、ニートってやつですか?
そう……そういう状態だったんですよ」
謙遜だとしても、そんなことを、しかも話し慣れていない様子で語られたら、
現役ニートとしては、そりゃあ感じ入るものがあるってもんだ。
「それで、あなたはどうして……その、今日は、いらっしゃったのですか」
この質問まで、俺たちが来てから二十分かかってるんだぜ。
これは、なんてーかあれだ、萌える。
いやそういう趣味はないけど。
「あの……?」
「あ、ああ、すんません。その、来た理由、でしたよね?
その、あの……」
口下手二人組に会話をさせてはならない。
これは、世界の大原則だ。
「…………」
「…………」
「えーと」
「あの」
「い、いえ」
「ぁ、先どぞ……」
二人で譲り合う様子を見かねたのか、手元から助け船が来た。
『あー、じれったい!!』
『……私のことを、覚えているか――
聞いてくれない?』
「あ、ああ……わかった」
聞いてくれない、とはずいぶんしおらしい言い方するじゃねーかと思いつつ、
そのままの質問を永瀬氏に伝える。
「――ああ、その人形ですね」
少し、はっきりとした口調になる。
「覚えていますよ。
ええと……『乙女たちの憂鬱』の人形ですよね」
『!』
「あ、はい。そうです」
ミー子も喜んでいるらしい。
よかったよかった。
『どうして覚えてるかって、ほら、聞いて!』
喜んでてもうるさいやつだ。
「えーっと……
それはどうして、覚えて、いらっしゃるんですか?」
「そうですね……」
唇を閉じて、永瀬氏は長いこと考え込む。
「やっぱり、丹精込めて作ったものだから、忘れられないのじゃないかと思います。
その……恥ずかしながら、私は今まで作った百四の作品、全て覚えていますし」
おお、そりゃすげぇ。
『…………そ、そう』
「あれ?」
どうも、隣の奴はこの返答がお気に入らなかったらしい。
「……ところで、土台の方は?」
怪訝な顔をする永瀬氏に、
「あ、いや、色々いざこざがありまして、あはは!
いえ、その、全部無事ですから」
慌ててごまかすと、彼は小さく頷いた。
「そうですか。
元々、どの生物も自由を制限しないように作っていたので、いいのですけど。
……じゃ、お茶、淹れ直しますね」
永瀬氏が席を立った瞬間、『ふう』と人形の呟き。
小声で隣に話しかける。
「おい、覚えてるってよ」
『そうね』
「なんだよ、よかったじゃねぇか」
『よくはないわよ』
不服な様子に首を傾げると、『想像力がない豚ね』とぼやかれた。
そろそろ東京湾辺りに沈めたい。
『仮定の話だけど……もしもあなたに、兄弟が百三人いたら。
そして、親の愛情が平等だとしたら、どう思う?』
なんだそりゃ。
中国の皇帝規模の話だな。
「うーん……」
一応想像してみるか。
どれくらいだろ、まぁ六十二番目くらいの皇子だとして……
跡継ぎは期待されないだろうな。
いかに、勢力を得るかとか。
逆に別の分野で才能を発揮することを求められたりするのかな。
詩とか、学問とか。
「……なんか、一人より逆に楽なんじゃねーの?
やりたいようにできるし」
『……そう。
つまり、そういうことよ』
さっぱりわからん。
『楽かもしれないけど……
それは、期待されていないからだわ。
なぜなら、親がかけられる愛情は、普通の百四分の一だから』
「なるほどわからん」
『……つまり、あなたは、
私の百四倍恵まれているということ』
「人形と比較されてもなあ」
『いちいち癇にさわる豚ね』
それきり、ミー子は口を閉じてしまった。
いや、まあ、言いたいことは多少わかるけどさ。
――こいつは、永瀬氏の“特別”でありたかったんだろう。
でも、永瀬氏にとっては“普通”だった、というだけのことだ。
『何一つ、一番にはなれない……』
かつて葛藤した言葉が、ふと脳裏をよぎる。
苦い思い出だ。
「すみません、遅くなりました。お茶ですが――」
「あの!」
なんだかむず痒い気分になって、口が先に出ていた。
「――どれか、他と違う、特別な作品ってあるんですか?」
言った瞬間、人形の緊張が伝わる。
そりゃそうだ、俺だって緊張してる。
吉と出るか、凶と出るか。
「うーん……」
考え込む永瀬氏。
どっちだ。
「そういうのは、ないですね」
珍しくきっぱりとした口調は、
曖昧な解をよこした。
「……そうですか」
微妙な表情の俺たちに、永瀬氏は続ける。
「どの作品も、苦労しました。
スムーズにできたものだって、数ヶ月はかけています」
「へぇ……」
「その人形も、苦労しましたね。
憂鬱なんだけど、でも、心持ちは、貴婦人でいさせたかった。
そんな拘りがあって、何度も試行錯誤しましたよ」
『…………』
そんな苦労の果てに、こんな不機嫌な顔になったのか、とはさすがに言えなかった。
そういう軽口を挟める目の色ではなかった。
「結局、作品は自分の分身みたいなものですから。
どれも大事で、どれも特別、なんですよ」
そう言って笑った顔は、外見年齢が嘘のように子供っぽくて――魅力的な顔だった。
『……』
永瀬氏の指が仕事机を指し、目は俺の隣を見つめる。
「今作っている作品も……『乙女たちの憂鬱』も。その一つ一つの小物も。
いつだって私は、命を作っているつもりでいます。
それが例え出来の悪いものでも――
それもやっぱり、私の子供、なんですよね」
優しい微笑み。
そして、それに協調するかのように、
隣から満足したような感情が伝わってくる。
まあなんだ、よかったな。
「そうそう、もし興味があればーー」
永瀬氏はある提案を俺に持ちかけた。
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おねえちゃんも にーとさんも
なかなかかえってこないので
たいくつです
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帰り道。
「来て、良かっただろ」
俺が、得意げ言うと、
『行こうと言ったのは、私だけど』
「連れてきたのは俺じゃないか」
『……さっきの言葉、訂正するわ』
「ん?」
『私の親はね、人の百四倍のエネルギーを持っている、と解釈したわ』
「……なるほどな。
まあ、それで納得できるんならいいんじゃねえの」
『……その。
これからもあの、乱雑さや汚臭に悩まされると思うと、非常に不本意ではあるんだけど――
一応、お礼は言っておくわね。
アリガトウ』
「ものっそい棒読みなんだが」
『ありがとう、豚』
「もういいよ。まったく……」
『それに、あなたにも良いことがあったんじゃない?』
「さて、どうだが……」
永瀬氏の提案は、自分の弟子にならないかという突飛な話だった。
俺に同情したのか、昔の自分に俺を重ねているのかはわからない。
少し考えてみよう、そう思った。
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にーとさんが かえってきました
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「あー、ちっくしょう。
びっくりしたじゃねえか」
不満を告げようとしてミー子を見た俺は、どきりとした。
そんなわけがない。
動けないと、本人も言っていたのに。
ミー子こと不機嫌な人形は、やわらかく微笑んでいたのだった。
「まったく、全部解決したーみたいな清々しい顔しやがって。
急にいなくなるからこっちは清々しいどころじゃねーっつーの」
あれから、ミー子は何を聞いても答えなくなった。
しかし、微笑んだ表情を見るとそれが幸せだと言っているようで、
憎らしい限りだ。まったく。
「ま、まあでも、これで静かになった」
ブツブツと呟く。
くそっ、なんだか独り言が板に着いちまった。
「平穏な日常を謳歌してやる……」
ベッドに倒れ込み、負け惜しみのように口にする。
だが、俺はもう一度永瀬氏に会ってみようと思っている。
『にーとさん、おひさしぶりです』
ギギギ、と首を傾けると、もう一体の人形と目が合った。
合ってしまった。
「まさか、お前も、意識があるのか……?」
『おねえちゃんのこと、ありがとうございます。
これから、よろしくおねがいします』
「おい、いや待て!
そんな急にお願いされても……」
戸惑っていると、さらに横から。
『――おーい兄ちゃん、ついでに俺のこともよろしく』
『旦那ぁ、我々もいますからねー』
ギギギ。
ギギギ。
視界の片隅で、キノコとツリガネソウが踊っているように見えるが……
あれは、幻覚だよな?
誰かそうだと言ってくれ……
「百四倍どころじゃ、ねーじゃねーか……」
頭を抱えながら――
俺の求めた静穏な暮らしは、二分で終わりを告げたのだった。
おしまい