お題『壊れたHDD』
タイトル『暑さにご注意』 yosita


 「うぉぉぉぉぉぉお!!」
僕は思わず自室で声をあげた。
「暑い、暑い!!」
汗が滝のように流れ落ち、キーボードにしみ込んでいく。
Tシャツも汗でびっしょり。
まるでサウナのようだ。
はぁ……。
8月15日、夏の真っ最中。
部屋の温度計は32度を指している。
「うぅ……。最後の砦が……」
ついさっき、エアコンが壊れた。
うんともすんとも、言わなくなったのだ。
これは致命的。
押し入れの奥から、扇風機を引っ張りだしたものの、気休め程度にしかならない。
それにだ……。
この暑さが与えるダメージなにも、体だけじゃない。
そう、目の前のパソコンにも深刻な事態。

 休日にも関わらず、家で仕事をしていたらこのざま。
家にあるのは、1年前に友人からもらった自作パソコン。
そして今、その中から妙な電子音もする。
なぜか画面はいつものまま。
僕は、それほどパソコンには詳しくないがこれは異常事態であることはすぐに
わかった。

 「あー、パソコン壊れたっぽいんだけど」
すぐにパソコンに詳しい友人に電話する。
するとりあえず、パソコンのフタを開いてどこから異音がするかを確かめるように指示された。
はぁ……。
マジですか……。
正直、かなり面倒だが仕方ない。
細かい作業は苦手なんだよな。
僕はどちらかと言うと、文系タイプ。
あまり機械は得意ではない。

 「うむ、これか……」
ケースのフタは簡単に空いた。
銀色の小さい弁当箱のような筐体が見える。
俗に言う、エイチデーデー。
ハードディスクだ。
友人いわく、熱には弱い。
と、なるとだ……。
「そうだ! 冷やさないと」

 僕はなんとかケーブルを引っこ抜き、ねじ止めを外し……。
「これでよしと!」
素早く、冷凍庫に格納。
我ながら、グッとアイディアだ!!

 そして、1時間後。
「おぉおお、いいね」
さらっと、取り出します。
ハードディスクからひんやりとした感覚が伝わる。
これは、効果抜群だ!
さっそく、冷やしたハードディスクをパソコンにつなぐ。
「そういえば、冷やして平気だったのかな……」
今更か、気にしても仕方ない。

 「これでよし!」
ハードディスクをつけなおし、電源をいれる。
こい!
「んん?」
いつもの画面がでてこない……。
これは……。
これは……。
「はぁ……、待て」
「落ち着くんだ、何が悪かった……」
ただ熱いものを冷やしただけ!
自然の法則に則っただけだ。
ん……。

 『君』
「ん?」
『君だよ、君』
……。
妙な声がする。
しかも、女だ……。
僕は一人暮らしなので女の声がするのはゲームの中だけ。
うーん、これはあまりの暑さで僕の脳内もやられたらしい。
そうに決まっている。
『あのね、冷凍庫で冷やすなんて、何考えているの?』
どうやらパソコン内部からする。
これは本格的に頭がおかしくなったようだ。
仕事のしすぎか……。
とりあえず、応えるだけ応えるか。
『無視なの? もし、もしーー』
試しに応えてみる。
「はいはい、誰ですか?」
『……』
『細かいことは気にしないでいい』
「はい?」
名を名乗れ!
『まぁ、妖精さんみたいなものよ』
「はぁ……。随分と適当だな」
妖精さんは、女の子は女の子だけど……。
気が強い感じだ。
まぁ、いい。
おそらく美少女だと思われる妖精さんと話せるのは、僕も嬉しい。
『ときに孝弘君』
「そんな名前じゃないですけど」
『休みの日まで引きこもって楽しいのかい?』
「いや、仕事が残っていたから……」
『だから、彼女の一人や二人もできないのよ』
「勝手に決めつけないでくれます?」
失礼極まりない。
『とにかく、暑いんですけど』
「エアコンが壊れて……」
『マジで! 超迷惑なんですけどぉ』
「なぜにギャル風?」
『なんとなくよ』
なんだがキャラの定まらない妖精さんだ。
「そう言われても……」
こっちも困っているわけだし。
「それより、あなたは女性ですよね?」
『当たり前よ、乙女に向かって失礼ね』
「オカメ?」
『……』
「冗談ですよ」
「ところで、歳は?」
『1024歳』
「はい?」
『孝弘君より、少し歳上よ』
はぁ、なるほど……。
確かに、声からするにそこまで若い感じはしない。
せいぜい30代前半か。
アラサーか。
いや、納得している場合じゃない。
「それで、どうしてそんなところに?」
ハードディスクのお姉さんと、話しているなんてかなりシュールな風景だ。
お隣さんもビックリ。
『さぁね、私もよくわからないの』
『気づいたら、こんなことになっていたの』
「はぁ……」
なんだ自覚なしか。
『でも、随分と長い時間、眠ってた気がするの』
「そうですか……」
どうやらハードディスクに宿っている妖精さんではないようだ。
幽霊?
うーん。
『ところで、今日はいつなのかしら?』
「えーと、8月15日です」
『……』
『なるほど……』
「えっ?」
何かわかったのかな……。
『ニュースでも見せてくれない?』
「あのテレビはあるんですが、いま見られなくて」
『壊れているの?』
「地デジ対応してなくて」
貧乏サラリーマンにはお金がない。
貯めて液晶テレビが欲しいなぁ。
『ゲジゲジ?』
「いや、地デジですよ」
全然違うし……。
『知らないわね』
よくわからないな……。
異世界人?
というか、そもそも人なのかな……。
うーむ。
『そうよ、テレビを叩けば』
『斜め45度の角度から叩けばだいたい写るものよ』
「よく聞く方法ですけど、それ古くないですか?」
『効果は抜群よ』
別に壊れているわけじゃないんだどな。
あ、そうだ。
案外エアコンも叩けば直るのかも。
「……」
『ん? どうしたの? 顔でも悪いの?』
「ちょっと、ひどいですね。さすがの僕でも傷つきますよ?!」
あれ?
「って、見えているの?」
『なんとなく、感覚で分かるのよ』
訂正しないんですか、そうですか……。
なんか、疲れる人だ。

 さて、僕は気を取り直し、イスに立つ。
ここをと……。
「斜めで45度で打つべし打つべし」
 ガツ、ガツとエアコンを叩く。
そして、リモコンを手にとり、
「これで電源を入れて……」
ピッピ、ぴ……。
ガリガリとエアコンはその筐体を揺らし動きはじめた!
「おっ、直った」
確かに冷たい風が流れてくる。
『それは良かった、これで私も一安心よ』
「あの、それでいつになったらパソコンは起動するのでしょうか?」
『知らない』
「そんな……」
『それにしても、まだ暑いわね!』
『何とか、ならないのかしら?
それもしかして、パソコンの中にいるからじゃない?
『ねぇ、暑いの! 暑い!」
はぁ……。

 「これでどうですか?」
予想していたが……。
『お、快適。快適』
このハードディスクをパソコンから取り出し机に置いてみた。
『余は満足じゃ』
「平気なんですか?」
『何のこと?』
「いえ、いいです……」
何事もなかったように喋り続ける彼女。
マジマジとそのハードディスクを眺める。
いたって、ごくごくありふれたものだ。
どうやら彼女の声は少しこもった感じがする。
それにしても、こんな状況でも冷静を保っていられる僕は
案外大物なのかもしれないと思ったりもする。
『ちょっと! あまり見つめないで』
『恥ずかしいでしょ?』
「すいません……」
「あの……」
「僕は、これからどうすれば……」
『知らないわよ、意気地がない男ね』
『だから、ふられるのよ?』
「いや、ふられてないですけど」
『そうかしら?』
『会社の同期の女の子にふられたでしょ?』
!!
「何で知っているの?」
『なんとなくよ』
数ヶ月前のこと、確かに僕はふられた。
マジでコワイ!
ストーカー?
何なの……。
これはもっと邪悪な存在なのかもしれない。
僕は決意した。
「悪魔払いを呼びますね」
「えーと、『あ』は……」
『まぁ、落ち着きなさい。そう、電話帳を置きなさい』
僕はしかたなく、タウンページを閉じた。
「でも……」
害があるとしか思えない。
「じゃ、お姉さんのこともっと教えて下さいよ」
『スタイル抜群の美女です』
「ウソですよね?」
『はぁ、ダメね。声でわかるでしょ』
「ソウデスネ」
『何よ、その棒読み』
「それはそうと……。そろそろ仕事の続きしたいんですが」
『友達に詳しい人いるんでしょ? 聞いてみれば?』

 「ただいま……」
結局、友人のアドバイスで新品のハードディスクを買ってきた。
幸いにも仕事のデータはUSBメモリーにあるし、元からハードディスクに大したデータもない。
もちろん、壊れたハードディスクから女の声がするなんてことは口が裂けても
言えなかった。
実際、僕の幻聴だったのかもしれないし。
『遅いわね、遊び相手がいなくて暇だったわ』
「まだ、いらっしゃるんですね」
まだ幻聴は続いているらしい。
『当たり前よ、それよりさっさと手を動かす』
「へーい」
友人によると元のOSつまりWINDOWSだがそれに戻すまで1,2時間かかるらしい。

 OSインストールの作業しながら、ぼーとしていると、
『それで、あなた28歳だっけ?』
「そうですね、すぐ三十路ですよ」
『将来のことちゃんと考えているの?』
「え……」
少しマジメなことを言い出した。
「それはまぁ……」
『私が思うに……』
『あなたは現状に満足していない? 違う?』
「……」
確かに今の仕事はしがないプログラマーといえば響きはいいがいつもテストとドキュメントの作成ばかり。
決して、望んでこの仕事をしているわけではない。
ふと、本棚を見上げる。
そう、ずっと警察官になるのが目標だった。
その為、大学にいる間もずっと柔道も続けた。
だが、大学4年の時に試験に落ちてしまい、そのまま無職というわけにもいかず今の会社に就職したのだ。
『一度きりの人生、悔いがないようにしないとね』
「……」
実は警察官の採用試験は年齢制限があり、僕が受けようとしていた東京は29歳まで。
つまり来年が最後。
だが、試験もそんな簡単なものではなく仕事をしながら試験勉強するのも相当覚悟がいる。もちろん、倍率も高い。
『何だ、やる前にもう負けたつもりなの?』
まるで心を読まれているようだ。
「そんなことは……」
『まぁ、いいわ』
『さて、喉も渇いたしお酒でもくれるかしら?』
「酒ですか……。まだ夕方ですけど」
『いいの、日本酒がいいわね』
「オヤジくさい……」
『何か言った?』
『あたりめも欲しいわね』
『さくっと、買ってきて』

 「これで、終わりと」
何とかOSをインストールし直してパソコンが復活。
そして、残りの仕事も何とか終わった。
時計を見ると、もう夜の9時。
『孝弘君、仕事は終わったかね?』
まだ、彼女はいた。
「何とか……」
『せっかくなんで、飲もうじゃないか』
酔っ払っているらしい。
彼女ーーつまり壊れたハードディスクの目の前には、
ワンカップの日本酒。
それとあたりめ。
「僕はあんまり……」
『付き合いわるわね』
「じゃ、ちょっとだけ」
『そうこなくっちゃ』


 「うっ、頭が痛い……」
これは二日酔いだな。
結局、彼女に勧められるままビールに日本酒。
焼酎まで飲んでしまった。
僕が家で酒を飲むことは滅多にない。

 「もし、もしー」
昨日と同じように銀色の箱に話し掛ける。
――何も聞こえない。
そう、目が覚めると彼女はいなくなっていた。
いや、厳密は喋らなくなった。
もう、ただのハードディスクらしい。

 急いで着替えて出社の身支度をする。
「ん……」
「孝弘……」
僕はようやくその名前を思い出した。
僕が中学生の頃に亡くなったおじいちゃんの名前。
だとすると……。
「まさか、おばあちゃん?!」
そうだ、30歳で娘ーーつまり僕の母さんを産んでから
すぐに亡くなったと聞いたことがある。
原因は交通事故だととか。
しかも、かなりの美人で陽気な人だったらしい。
昨日の彼女と共通点が多い。
もちろん、僕は直接面識があるわけではない。

ふと、壁に貼っているカレンダーを見つめる。
「もう、仕事か……」
8月16日。
月曜日だが、世間ではお盆休み。
お盆……。
お盆休み……。
ん……。
「そうか!」
お盆は元々先祖の霊が帰ってくると言われているらしい。
どうして、もっと早く気づかなかったのか。
だから、しばらく眠っていたとか……。
なるほど……。
「人生に悔いを残すな、か……」
きっと、彼女も悔しかったんだろう。
だって、30歳……。
死ぬには早過ぎる……。
きっと、もっと、もっと長く生きたかったはず。
「……」

 あれから一週間後。
僕は、試験勉強をはじめた。
どうなるか、わからないけど。
やれるだけのことはやっておきたい。
そう思った。
<了>