お題『青い本』 タイトル『葵のさがしもの』   作者:yosita様   リライト:GoShu -------------------------------------- 土曜日の昼下がり。 私は大学時代の友人である、美和とファミレスで談話中。 :美和「和美も全然変わらないわね」 :私 「そう……。かな?」 5年前に結婚、その1年後に娘を出産し、ごくごく平凡な主婦。 それが今の私だ。 目の前にいる美和は、大手広告代理店のOL。 いわゆる、バリバリのキャリアウーマン。 :私 「自分で言うのも何だけど」    「儚い美人系人妻って、雰囲気だしているつもりなんだけど……」    「どうかな?」 :美和「はぁ……」    「相変わらずね、その性格は」 :私 「失礼ね……」    「ちゃんと、主婦しているんだからね?」 :美和「そうだったわね……」    「でも、あの彼氏と結婚してもう5年か……」    「福山雅治を2、3発殴って太らせた顔のイケメンだって」    「よくみんなに自慢していたよねー」    「イミわかんなかったけど」 :私 「覚えてないわね……」    「いわゆる、若気の至りよ」 そう、その元イケメン。 今ではメタボで腹は出ていて、頭は中途半端に禿げあがっていて、 まるで別人! 私より8歳年上でもう35だし、もはやそこらへんにいるタダの中年男だ。 私のほうは現役の女子大生でも通じるくらいなのに! :私 「ホント、あれってぜったい結婚サギよね」    「男って、結婚するとこうも変わるものなのかな……」 :美和「そんなもんよ……」    「ちょっと年の差婚だし、分かってて結婚したんじゃないの?」 :私 「それは、そうだけど……」 ああしかし何というか。 結婚して現実が厳しいことが身にしみて実感した。 旦那はいいとこのボンという感じではあるが、別に実家が裕福というわけじゃない。 働いている会社は、この不況のあおりで給料がかなり削られている。 節約に節約を重ねて、なんとか生活している状態だ。 ああ、何て健気な私。 ああ、何て可愛い私。 :美和「大丈夫?ニヤニヤして」 :私 「あっ、うん。何でもないわよ」 :美和「その様子じゃ、なんだかんだで幸せみたいね」    「ごちそうさま」 :私 「アンタなにか誤解してない?」    「いろいろ大変なんだから。ほんとに!」 :美和「そういえば」    「例のちょっと存在感のあるお姑さんとは最近どう?」 :私 「どうって、うーん」    「別に普通よ」    「向こうが遠慮してるみたいで」    「わりと近所だけどあまり顔も出してこないし」 :美和「ふーん」 :私 「来たときには、葵には甘いおばあちゃんしてるよね」 :美和「ああ、葵ちゃん?元気?もう4歳だったっけ?」 :私 「そうそう!」    「娘は私の生活の唯一の救いよね!」    「私に似て、美人で気だてがいいの」    「女優にでもさせるしかないわね」 :美和「あっ、そう……」    「でも4歳だと、もう普通に喋るでしょ?」 :私 「そうね、私に似て賢いから物覚えもよくて」 :美和「あっ、そうですか……」    「楽しそうね」 :私 「そうそう、この前ね、葵が姑のこと『バアバ』って呼んでて」    「それで姑がうれしそうにしてたんで」    「私もつい、『ババア』って連呼しちゃって」 :美和「……」 :私 「旦那も蒼い顔してたわ。……それから、他には……」 :美和「他にも何か言ったの?」    「恐ろしいわね」 :私 「いやね、さっきも言ったけど孫には弱いじゃない」    「だから、愛娘を使って」    「『バアバ、お小遣い20万円ちょうだい』」    「って言わせたわけよ」 :美和「何しているのよ……」    「それに、金額が生々しいわね」 :私 「あっさり、バレたけど」 :美和「当たり前よ」 :私 「それまでは同居の話もあったんだけど」    「そのあと、姑のほうから同居は考えさせてほしいって」 :美和「それは、一緒に暮らさないほうが無難ね」 :私 「でしょ?」 :美和「色々な意味でね」 ついつい、美和と話し込んでしまった。 6時を過ぎているのに驚き、あわてて店を出て、交差点で再会を約して別れる。 美和のほうは青信号でさっさと行ってしまったのと対照的に、 急いでいる私の方は赤信号で待たされた。 なんかこれ、人生暗示してない? :私 「ただいまー」 :旦那「おお、お帰り。遅かったな」 :私 「葵はいい子にしてた?」 :旦那「まぁ……」 :私 「ん? 何かあったの?」 旦那は苦笑いを浮かべている。 やっぱり何度見ても同じ、福山の面影は皆無。 愛娘の葵のほうは、なにか浮かない顔をして私を見上げる。 :旦那「絵本が見つからないんだ」 :私 「絵本?」 :葵 「ママ……」    「アオイのお絵本……ない」 :私 「絵本?どの絵本?」 :葵 「あのね、青い絵本」 :私 「青い絵本、……ね。うーん、そんなのあったっけ?」 :葵 「リスさんがね、かいてあるの」 :私 「リスさん。リスさん。うーん」    「パパに探してもらったの?」 :葵 「うん」    「でも、ないの」 部屋の乱雑さからも、それは想像できる。 相当ひっかき回したらしい。 :私 「わかった、じゃママと一緒に探しましょ?」 :葵 「うん……」 :旦那「じゃ、パパも一緒に」 :私 「いいわよ、1人でやるから」    「それより、掃除と洗濯は?」 :旦那「そこは抜かりない、ばっちりだ」    「夕飯も作っておいた」 :私 「サンキュー、助かる」 :旦那「毎日、冷凍食品ばかりだと体によくないからな」 :私 「っ……」 なぜか、我が旦那様は掃除洗濯料理が大の得意だ。 私の得意料理は冷凍チャーハンに冷凍ピザ。それにレトルトカレーだ。 :私 「さっ、最近の冷凍食品は体にいいのよ。無添加だし」 :旦那「そういう問題じゃないと思うけどな」 :葵 「お絵本……」 :私 「ごめん、ごめん」    「でも葵、先にごはん食べようね」    「食べ終わったらママが探してあげるから」 夕飯を終え、私はさっそうと行方不明の本を探しはじめる。 見つからないと言っても、そこは手狭な1LDK。 大して時間はかからないだろう……。 さっそく私は、散乱している絵本たちをかき集めた。 10冊、20冊、30冊……。 ずいぶんと買い与えたな……。 葵は絵本が大好きで、私が読んであげるより自分で読むほうが多い。 同い年の子供に比べて、言葉数が多いのもそのせいかもしれない。 それに、葵は私に似て美人系。 アイドルより、女優って感じよね……。 そう、そのほうがいいわね。やっぱり! それはそれとして……。 ずいぶん派手に散らかしたものだ。 :私 「えーと、青い本、リスがいる青い本よね」 これは…夕焼け空に赤い機関車が描いてある本。違う。 これは…白い背景に3匹のカラフルなおばけが描いてある。違う。 これは…銀色の背景に煙突のある小さな家。違う。 絵本を手にとりつつ確かめ、段ボールに納めていく。 :葵 「……」 葵は別の絵本に夢中らしい。 はぁ……。 そうだ、理由を聞けば何かわかるかも。 :私 「葵、どうしてその絵本を探しているの?」 :葵 「……」    「あおい……」    「ママによんでほしいの」 :私 「リスがいる青い絵本を?」 :葵 「うん……」 うーん、これでは手がかりにならない。 絵本と言えばそこそこ大きい。 変なところにまぎれ込むことはないと思うんだけど…… タンスに押入れ、思い当たるところはすべて探してみたがダメ。 旦那がリビングから顔を出す。 :旦那「ビールない?」 :私 「そんなの自分で出しなさいよ……もう」 :旦那「じゃあそうする」    「それでさ、……いま考えたんだけど」 :私 「なによ」 :旦那「もしかしたら絵本はおれの実家じゃないかな?」    「実家にも昔の本があるし」    「こっちから持って行って、置き忘れたのかもしれないし」 :私 「ふーん……そうかも」 次の日、日曜日は、旦那と葵は姑のところへ行く予定になっている。 そちらでも当たってもらうか。 :旦那「了解」    「さあ葵、もう寝なさい」 :葵 「うん……」 :私 「大丈夫よ、パパもママもちゃんと本は見つけてあげるから」 :葵 「うん……おやすみなさい」 翌日。旦那と葵を見送った後、私はあらためて掃除がてら本を探す。 タンスの裏側をのぞいてみたら、なぜかそこから絵本。しかも2冊。 色めき立つ私……でも。 1冊の表紙は大きな森が描いてあるだけ。 もう1冊は大きなお日さまが笑っているだけ。 青くもなければリスもいない。 :私 「空振りかぁー……」 がっくりしていると旦那から電話。 どう?という質問。 :私 「ダメね。タンスの裏から2冊見つかったんだけど」    「緑の森と黄色い太陽だった」 :旦那「そうかー」    「こっちもダメだなー」    「おふくろも置き忘れた本はないと言ってるし」    「まさか、捨てたんじゃないのか?」 :私 「そんなわけないでしょ?」 モッタイない! 間違っても捨てたりはしない……。 捨てるくらいなら、古本屋に売りに出す。 昼ごはんを食べたら今日は戻るから、と言って旦那の電話は切れる。 こうなったら意地。 トイレ、お風呂、冷蔵庫の中。 徹底的に探す。 でも、あたりまえだがなにも出ない。 うーん、ミステリーだ。 どこへ行ってしまったんだろう。 がっくりして家を出て、買い物をすることにする。 安いものを物色して、野菜が全体に安かったので大量に買う。 あと、葵が好きなリンゴを奮発する。 うん、我ながら感心するくらい良妻賢母! 家に着いてすぐに、旦那たちも帰ってきた。 旦那と葵、それから……げっ。 :姑 「すみませんね、お邪魔しますよ」 な、なんで姑がいるのよ! ぱっと旦那の顔を見るが、旦那もわけがわからない、というふうに首を振る。 :姑 「急にごめんなさいね」 :私 「いえいえー……でもどうしたんですか」 :姑 「なんでも、絵本がなくなったとか」 :私 「ええ、そうなんですけど……それがなにか」 :姑 「それから今日、和美さんが見つけた本があるとか」 :私 「ええ、そうなんですけど……それがなにか」 :姑 「申し訳ないんだけど、それ見せてくれないかしら?」 何が言いたいのかわからない。 ともかく段ボールの中から、私が見つけた2冊の本を渡す。 姑は森の絵が描いてある方の本を取り上げると、葵に差し出した。 :姑 「葵ちゃん。もしかしたらこれじゃない?」 :葵 「あっ……」    「アオイのお絵本!」 葵の表情がパッと明るくなる。 ええええええ!?なんで、どうして!? 旦那もあっけにとられた顔をしている。 姑はそんな旦那と私の顔を見て、やれやれという表情だ。 買い物袋を指差して、葵に話しかける。 :姑 「葵ちゃん。あのネギの色は何色?」 :葵 「……」    「うーんと、アオ……」 ええええええ!? 姑は旦那と私に向き直る。 :姑 「日本語では、本当は緑のものでも、青と呼ぶことがある……」    「青信号、青野菜、それから青リンゴや青葉、とかね」    「青々とした田んぼ、という言い方もあるわね」    「で、葵ちゃんはどこかで少し勘違いして」    「緑のものも『青』でいいんだって憶えてしまったみたいね」 旦那がやっとのことで口を挟む。 :旦那「おふくろ、なんでそれに気がついたんだよ」 :姑 「お昼ごはんでお野菜を葵ちゃんが食べなかったんで」    「『青いものも食べなきゃだめよ』……って言おうとして」    「それでハッと気がついたの」 旦那と私は首を縮める。 ああ、教育についていろいろ言われちゃうパターンかな、これ。 でも姑は肩をすくめるだけで、葵に再度向き直った。 :姑 「葵ちゃん。よかったねえ。ママに読んでもらいなさい」 :葵 「うん!ママ、はやく!」 はいはい。私は本を手に取る。 待てよ。でも、リスは?この本、表紙にリスはどこにもいない。 不審な思いで読み聞かせる。クマが主人公のお話らしい。 読んでいるうちにおぼろげに思い出してくる。 あ、途中でクマがリスと出会った!そう、こんな話だった。 リスが頬袋をふくらませながらクマに話す…… “ぼくはね、おおーきく、おおーきく、ほっぺたをふくらませて、  ものを入れることができるんだよ” とたんに、葵が異議を唱える。 :葵 「ママ。ちがう」 :私 「え。違うって何が」 :葵 「まえみたいによんで」 :私 「前みたいにって……どうだっけ」 :葵 「ほっぺたふくらませるの」 ああ……思い出した。思い出してしまった。 たしかにこの本、そうやって読んであげたんだっけ。 姑の目の前で、美貌の若妻になにさせるのよとも思うけど…… 愛娘のためだ、頬をふくらませ、もごもごした声で読んであげる。 “ぶぉくはね、うぉぉーきく、うぉぉーきく、ふぉっぺたをふくらませて、  ものうぉいれることができるんだよ” 葵はきゃっきゃっと、本当にうれしそうな顔をして喜ぶ。 姑はそれを見て、やれやれというように微笑む。 :姑 「これがあんまり気に入ったんで」    「『リスの青い本』って憶えちゃったのね……」 ……なるほどねえ。 抱きついてくる葵の頭をなでながら納得した。 私と満面の笑みの葵を見ながら、姑はもう一度微笑む。 ……やれやれ。今日のところは、参った。 :姑 「それじゃお邪魔したわね」    「すまないけど、また送ってくれるかしら」 旦那の車で送られて、姑は帰っていく。 なんだか、はずかしめを受けたような気がしないでもないが、 文句も嫌味もなく帰っていったので、まずはほっと胸をなでおろす。 その葵はおねむが入ったらしく、絵本を抱えてそのままお昼寝。 気楽なものだ。 ……色はちゃんと教えないとね。はあ。 ……いや、でも待てよ。 青って、植物のことを言うことが多いんじゃない? この子はそこまでわかってたのかも? そうよ、やっぱり私に似て頭がいいのよ! そしてこの、天使のようにかわいい寝顔。 ぜったい、女優にするんだから!