お題『青い本』
タイトル『葵のさがしもの』

　美和「和美も全然変わらないわね」
土曜日の昼下がり。
私は大学時代の友人である、美和とファミレスで談話中。
私「そう……。かな？」
5年前に結婚その1年後に娘を出産し、ごくごく平凡な主婦。
それが今の私だ。
目の前にいる美和は、大手広告代理店のOL。
職場では、すでに主任クラスで部下も数名いるらしい。
いわゆる、バリバリのキャリアウーマン。
私「自分で言うのも何だけど」
私「儚い美人系人妻って、雰囲気だしているつもりなんだけど……」
私「どうかな？」
美和「はぁ……」
美和「相変わらずね、その性格は」
美和が苦笑いを浮かべる。
私「失礼ね……」
私「ちゃんと、主婦しているんだからね？」
美和「そうだったわね……」
美和「でも、もう5年か……」
美和「あの彼氏と結婚するとはね」
美和「みんなの予想通りだったわね」
私「賭けてたの？」
美和「少しだけよ、少しだけ」
私「もぉ、私の知らないところで……」
美和「和美は、ぞっこんだったからね」
私「そっ、そうかな……」
美和「そうそう……」
美和「福山雅治を2、3発殴って太らせた顔のイケメンだってみんなに自慢していたじゃない」
私「覚えてないわね……」
私「いわゆる、若気の至りよ」
そうよ！
その元イケメンが……。
今ではメタボで腹は出ているし、頭は中途半端に禿げあがっており面影は全くない。
まるで別人！
私「男って、結婚するとこうも変わるものなのかな……」
美和「そんなもんよ……」
美和「それに、旦那。今年で35歳でしょ？」
旦那と私は8歳離れている。
つまり、私の年齢はまだ27。
現役の女子大生でも通じるくらいだと私は思っている。
美和「35歳は立派な中年よ、それを分かっていて結婚したんじゃないの？」
私「それは、そうだけど……」
結婚して現実が厳しいことが身にしみて実感した。
金持ちだと思っていた旦那の実家は、ただの農家。
家がムダに大きいだけだった。
おまけに旦那の働いている会社は、この不況のあおりで給料がかなり削られている。
まぁ、クビにならないだけましだけど……。
つまり、旦那の安月給のおかげで家計は火の車。
節約に節約を重ねてなんとか生活している状態だ。
ああ、何て健気な私。
何て、可愛い私。
美和「大丈夫？　ニヤニヤして」
私「あっ、うん。何でもないわよ」
美和「でも、幸せそうで何よりよ」
美和「子供もおかげじゃない？　もう4歳だっけ？」
私「そうなの」
やはり、唯一の救いは娘の葵の存在だ。
私「私に似て、美人で気だてがいいの」
私「女優にでも、させるしかないわね」
常々私はそう思っているわけだ。
美和「あっ、そう……」
美和「でも4歳だと、もう普通にに喋るでしょ？」
私「そうね、私にて賢いから物覚えもよくて」
美和「あっ、そうですか……」
美和「楽しそうね」
私「うーん」
私「姑が近くにいないのも理由かな……」
別に不仲ってわけじゃないけど……。
美和「ふーん」
私「たまに、顔はだすのよ」
私「孫の葵には、甘いしね」
私「この前ね、葵が姑のこと『バアバ』って呼んでたら」
私「私もつい、『ババア』って連呼しちゃって」
美和「……」
私「旦那も蒼い顔してたわ」
私「他には……」
美和「他にも何か言ったの？」
美和「恐ろしいわね」
私「いやね、いくら姑でも孫は可愛いわけじゃない」
美和「そりゃそうね」
私「だから……」
私「愛娘を使って『バアバにお小遣い20万くれ』って言い聞かせたのよ」
美和「何しているのよ……」
美和「それに、金額が生々しいわね」
私「あっさり、バレたけど」
あと少しだったけど。
美和「当たり前よ」
私「だから、姑のほうから同居は考えさせてほしいって」
美和「それは、一緒に暮らさないほうが無難ね」
私「でしょ？」
美和「色々な意味でね」


　私「もう、こんな時間！」
ついつい、美和と話し込んでしまった。
時間は18時を回っている。
私が二股してたとしないとかで、つい盛り上がってしまったのだ。
私「……」
高校生「ちょっと、ボサッとしないでくれますか？」
高校生「オバサン」
私「おっ、おばさん？」
おばさん？　
だっ、誰にむかっているのよ！
まだ、27よ！
私「おばさんとは、失礼な！」
いつの間にか、信号が青になっていた。
ほんの一瞬立ち止まっていたら、後ろにいた高校生に罵倒されたのだ。
私も少し前は、花も恥じらう女子高生。
失礼しちゃうわ！

　私「ただいま……」
家に帰ると旦那が、娘と遊んでいた。
旦那「おお、お帰り。遅かったな」
私「葵はいい子してた？」
旦那「まぁ……」
私「ん？　何かあったの？」
旦那「それがちょっとな……」
旦那は苦笑いを浮かべている。
さすがに福山の面影は皆無だ。
旦那「絵本が見つからないんだ」
私「絵本？」
葵「ママ……」
葵「アオイのお絵本……ない」
涙ぐみながら愛娘が私を見上げる。
私「絵本？」
私「パパに探してもらったの？」
葵「うん」
葵「でも、ないの」
私「ちゃんと探したの？」
旦那「もちろんだよ」
確かに……。
部屋の乱雑具合からも、それは想像できる。
相当ひっかき回したらしい。
私「わかった、じゃママと一緒に探しましょ？」
葵「うん……」
旦那「じゃ、パパも一緒に」
私「いいわよ、1人でやるから」
私「それより、掃除と洗濯は？」
旦那「そこは抜かりない、ばっちりだ」
なぜか、我が旦那様は掃除洗濯が大の得意だ。
旦那「夕飯も作っておいた」
私「サンキュー、助かる」
旦那「毎日、冷凍食品ばかりだと体によくないからな」
私「っ……」
悔しいが言い返せない。
私の得意料理は冷凍チャーハンに冷凍ピザ。
それにレトルトカレーだ。
私「さっ、最近の冷凍食品は体にいいのよ」
私「無添加だし」
旦那「そういう問題じゃないと思うけどな」
葵「お絵本……」
私「ごめん、ごめん」
とんだ無駄話をしてしまった。
私「違う視点で探したほうがいいわね」
私「やっぱり、私1人で探すわ」
旦那「そうか、じゃパパはテレビでも見てるよ」
我が旦那様は、さっさとリビングへ逃げ出した。
ちょうど、旦那の好きな野球の時間であることを私は知っている。
私「さてと……」
私は、さっそうと行方不明の本を探しはじめることにした。
見つからないと言っても、そこは手狭な１LDK。
大して時間はかからないだろう……。
さっそく私は、乱雑している絵本たちをかき集めた。
10冊、20冊……。
ずいぶんと買い与えたな……。
葵に物を買い与えるのはもっぱら旦那。
おもちゃ類も、私はほとんど買わない。
葵は絵本が大好きで、私が読むより自分で読むほうが多い。
同い年の子供に比べて、言葉数が多いのもそのせいかもしれない。
それに、葵は私に似て美人系。
これは将来女優か、アイドルね。
旦那「おーい、ビールないか」
旦那「ビール」
私「もう〜」
私「冷蔵庫にあるでしょ？　自分で用意して」
旦那「オッケー、オッケー」
にしても、ずいぶん派手に散らかしたものだ。
私「えーと、青……」
私「青……」
赤、黄色、ピンク、白……。
いつかの絵本を手にとり色を確かめ、段ボールに納めていく。
葵「……」
葵は別の絵本に夢中のらしい。
はぁ……。
そうだ、理由が聞けば何かわかるかも。
私「葵、どうしてその絵本を探しているの？」
葵「……」
葵「あおい……」
葵「ママによんでほしいの」
私「青の絵本？」
葵「うん……」
今にも泣き出しそうな顔でうなづく。
うーん、これでは手がかりにならない。
私「あっ、カバンよ！」
お気に入りの絵本は、カバンにしまっていたことを思い出した。
旦那「お出掛けカバンの中だろ？」
旦那「とっくに調べたさ」
私の声が聞こえたらしく、旦那が答える。
まぁ、念の為調べるか……。
タンスの上に置いてある、葵のカバンを引っ張り出す。
私「……」
中身は……。
指輪に、ブレスレット、イヤリング……。
葵は、光り物が大好きなのでカバンにしまい込む癖がある。
4歳にして、光り物に目がないのもどうかと思うが……。
私「これは、違うわね……」
あとカバンには、緑の絵本があるだけだった。
読みが外れたか……。

　3日後の夜。珍しく旦那は、19時過ぎに帰宅した。
旦那「まだ見つからないのか？　例の絵本は？」
私「全然……」
相変わらず葵が探している絵本は未だ行方不明。
トイレ、お風呂、冷蔵庫の中。
可能性のある場所は、しらみつぶしに探した。
ここまで、手こずるとは思ってもみなかった。
旦那「まさか、捨てたんじゃないのか？」
私「そんなわけないでしょ？」
モッタイない！
間違っても捨てたりはしない……。
捨てるくらいなら、古本屋に売りにだす。
旦那「でもな……」
旦那「そんな広い家じゃあるまいし」
それは、私もよくわかっている。
私「そうだけど……」
葵も目的の絵本が見つからないので元気がない。
旦那「例えばだけど……」
私「うん？」
旦那「絵本の色が変色したとか？」
食べ物じゃあるまいし！
私「そんな古い絵本ないわよ」
旦那「そうだよな……」
旦那「腹減ったなぁ」
私「はいはい」
適当に食事の用意をはじめる。
私「葵、夕食よ」
葵「はーい」
3人揃って夕食をとるのは久々のこと。
葵「……」
私「葵」
私「お野菜も食べないとダメよ？」
葵は、旦那に似て好き嫌いが多い。
特に野菜！
私「大きくなれないから」
葵「でもぉ……」
葵はチラリと自分の父親を見る。
葵「パパも……」
葵「パパも食べてない……」
私「ん？」
旦那「あっ、うん……」
旦那「これはだな……」
旦那「パパはもう大人だから、大きくなれなくていいんだ」
お腹周りは、贅肉がつきすきだけど。
葵「そうなの？」
私「ちょっと、パパも食べないとダメでしょ」
私「いい歳して、好き嫌いしないでよね？」
私「葵の教育上、悪いし……」
旦那「わかったよ……」
しかたなくピーマンをかじりはじめる旦那。
旦那「だいたい、野菜が多くないか？」
旦那「最近……」
うちの旦那ときたら、野菜が大の苦手。
偏食ばかりしているから、余計な肉ばかりついてしまうのだ。
私「そう？　気のせいよ」
さすがに、少し前にスーパーで安売りしていたら買いすぎたとは言えない。
旦那「そうかな……」
私「それに青野菜もしっかり採らないと……」
私「……」
私「青野菜……」
ん……。
なんだ……。
一種の違和感が私の頭を駆け巡る。
私「……」
旦那「どうしたんだ？　難しい顔して……」
旦那「食あたりでも起きたか？」
旦那「胃薬あるぞ、胃薬」
私「はぁ？」
葵「ママ、コワイ……」
旦那「冗談だよ、じょーだん」
ったく……。
私「えーと」
そうだ、青野菜……。
私が引っかかっていたのは……。
私「あっ！！！」
旦那「今度はどっ、どうしたんだ？　もう……」
私「そうか！！」
私「葵、これ。このピーマンの色は？」
旦那「おいおい、何をはじめる気だ」
私「ちょっと、黙ってて！」
旦那「……」
葵「……」
葵「うーんと、アオ……」
旦那「えっ？」
旦那「今、青って……」
やはり、そうだ！
旦那は分けが解らないと言った顔をしている。
私の直感も捨てたもんじゃない。
私「葵、ススメの信号の色は？」
私の考えが正しいかどうか、試してみる。
葵「えーと」
葵「うーん」
葵「アオ」
私「やっぱり！」
私は、急いで絵本を探す。
葵の探してた絵本を。
私「あっ、これね。これ……」
お出掛けカバンの奥深くに眠っていたそれを手にとる。
葵にその絵本を見せる。
すると、
私「葵、これでしょ？」
葵「あっ……」
葵の表情がパッと明るくなった。
葵「アオイのお絵本……」
葵「ママ……」
葵「ありがとう……」
旦那「和美、わけがわからないぞ」
旦那「説明してくれよ」
旦那は葵が抱えている緑の本を指さす。
私は、辿り着いたとある結論を旦那に話す。
私「私がいけなかったのよ……
私「青信号の青は『緑』」
旦那「まあ、当たり前だな……」
私「だから、葵は勘違いしてしまったのよ」
私「緑が青だって……」
旦那「えっ……」
旦那はしばらく沈黙してから、
旦那「……」
旦那「そうか！」
旦那「だからいくら探しても、僕たちにはわからなかったわけだ」
私「そうよ、『緑』の絵本は除外していたからね」
旦那「はぁ、人騒がせなことだな……」
テレビか雑誌かで、見たことがある。
昔、日本では緑を青と呼んでいたことを。
『青野菜』、『青葉』すべて現代では緑の物に対して使われている。
旦那「それで、ピーマンで気づいたわけか」
私「その通りよ！」
旦那「推理ごっこもいいけど、また色を覚えさせないとな」
私「そうね……」
それは、それで骨が折れる。
私は母親としてはまだまだ半人前なのかもしれない……。
旦那「葵、じゃなくて緑でもよかったな」
私「ん？」
旦那「葵の名前」
私「葵の字が違うでしょ？！」
旦那「それもそうか」
私は旦那と笑った。
葵「ねぇ、ママとパパなにがおかしいの？」
<了>