「人間より、人間らしい」 GoShu:作/「それは恋ではないけれど」 を、進行豹が改稿。 ----- 「ウッドラフ教授は?」 ぼくの不躾な質問に、目の前の女性は慣れた口調の答えを返す。 「どうぞおかけください。教授は少し立て込んでいて、申し訳ありませんが少し遅れそうですの」 「なるほど」 ならば、遠慮なく待たせてもらおう。 二時間、予定を開けてもらっているのだから。 「申し遅れました。メトロポリス・トリビューンのエリスンです。教授にインタビューに参りました」 「わたし、教授の研究助手をしております、エリシア・ヴァーノンですわ。なにかお飲みになる? コーヒーはいかが?」 研究助手か。秘書ではなく。 この若さで、あのウッドラフ教授の研究助手をつとめているのか。 「いただきます」 興味を覚え、観察する。 まっすぐな長い鳶色の髪、それと同じ鳶色の目。 ぱっと見で秘書と決めつけたほど、その容姿は端正に整っている。 コーヒーを入れる手際も見事だ。 「あ、そうでした」 思う出したよう――というには、やや芝居かがり過ぎた仕草で、 ヴァーノン嬢はぼくを見る。 「教授が来るまで、わたしにわかることはお話しするように、仰せつかっていますのよ」 「なるほど」 つまり、教授は遅刻前提ということだ。 内心、軽い苛立ちを思せさせられるけれども―― よくあることであるとも言える。 「では、ミズ・ヴァーノンも、私のお聞きしたい内容……“彼女”……のことを、よくご存じなんですね?」 「エリシアでいいわ」 エリシアは自分のカップを口に運んで、ゆっくり微笑む。 「こう見えても、わたし、教授の助手ですもの。もちろん、“彼女”のことはよく知ってますわ」 「IZAS-00012」 「クミコ・ナカライ――わたしたちは、そう呼ぶことの方が多いですわね」 エリシアの声は、楽しげだ。 「“人間より人間らしい”ロボット――だから、通名で?」 そう問いかければ、エリシアの目が伺うように僕を見る。 「お会いになったことはあって?」 「いいえ。 そういう噂を――あるいはキャッチコピーを聞くだけです」 「なら、少しお話しましょう。あの子のことを」 懐かしそうな、誇らしそうな口調。 「少しは、ご判断の助けになるかと思いますわよ? あの子が“人間より人間らしい”のかどうか」 ------- 「地中海性気候の特徴として……羽曳野!羽曳野!」  このクラスの担任、地理教師の坂貝が教卓のパネルから目を起こして叫ぶ。  手元のスクリーンを見ていた生徒も、怒声の先を一斉に見る。  ここしばらくで、高校の教室というものも様変わりした。  例えば、黒板からスクリーン。教科書とノートからタブレット。  とはいえ、世界はそうすぐに変わるものではなく、人間もそうすぐに変わるものではない。  よって、地中海性気候は地中海性気候のままであり、授業中に居眠りをする生徒も引き続き存在している。  あまつさえ、女子高などという、レゾンデートルのあいまいなものもまだしぶとく残っていて、その一つが他ならぬここである。  「ふぁい?!」  羽曳野チコの返事もひどくあいまいだ。  夢と現実、その境界を今まさにさまよってるのだろう。  坂貝が、あきれたようにチコを眺める。 「クラブ活動もいいが、学生の本分は勉強だぞ。あとで職員室に来なさい」 「ふぁい」  そこで、夢から覚めたのか、チコが前言をしりぞける。 「あのー、部室じゃだめっすか」  大きなため息。  坂貝は、芝居気たっぷりに肩をすくめる。 「羽曳野、お前な」 (キーンコーンカーンコーン)    チャイム。全く昔ながらの。 「起立。礼」 一刻も早く帰りたい日直の、そして生徒たちの連携プレイ。  あっという間に生徒は帰り支度を始める。 「それじゃ、部室で!」  チコもすぐさま、教室のドアを出てしまう。  そして残された坂貝は、今度は心の底からの――深い、深い溜息をつく。 (カタっ)  その一幕を目にしてはいても見ていないのか、全く興味の色も浮かべぬ表情で、少女が一人立ち上がる。  カバンを手に取り、誰とも別れの挨拶もせず、チコが出ていった扉から――   「ねーねー、ナカライさん」  チコだ。  ドアをくぐってすぐのところに立っている。 「はい。なんでしょう?」 「ねーねー、これから何か用ある?」 「家に帰りますが?」  小首をちょこんと傾げれば、肩までの黒髪が揃って揺れる。  人形のような無表情さと相まって生まれた美しさに、通りがかりの男子生徒が息を飲む。 「ちょっと時間ないかなぁ?」  が、チコは全く気にしていない。  自分のペースで話をつづける。 「話したいことがあるんだ」 「すみませんが、あと20分で迎えが来るんです」 「へっ?迎え?」 「母が毎日迎えに来てくれるんです」  もちろん、クミコ・ナカライには母などいない。  が、わざわざ偽装していることを、明らかにする必要もない。 「ええ? お迎えって……なに、ナカライさんお嬢さんとかなの?」  チコの問いに、クミコはあいまいな笑みを浮かべる。  自分の最初の運用試験の舞台に日本が選ばれた理由。  スポンサーのからみやなんやのそのほかに―― 「判断不能の局面を、この対応で乗り切れる確率が高い」 ――とされていることがあったと、クミコのメモリは記憶している。 「まいったなー。お嬢さんのともだちなんてはじめてだよ」  チコは頭をかく。  いつの間に、友達になっているのだろう。  しかし、友達であるならある程度は優先順位をあげるべきだと判断できる。 「迎えが来るまででよければ――」 「オッケ! じゃあ、こっち!!!」  言い切らぬ内に手をひかれる。 「ここここ!」  天文部という、壊れかかった札がかかったドアを開けると、中には男性。 「あ、先に来てたんだ」  教師。坂貝。  クミコは瞬時に認識する。  しかし――彼がごそごそいじっているものが何なのか、そこは判断しきれない。 「なあ羽曳野」  チコの方を見ようともせず、いきなり坂貝が話し始める。 「事情はわかるんだがな、もう少しなんとかならないか?  この活動自体、特例でやってるんだ。このままだと許可取り消し――」  視線があがったその途端、坂貝の言葉が止まり、ぽかんと口が開かれる。 「なんで半井がいるんだ?」 「あたしが誘ったの。戦力になってくれるんじゃないかって」 「戦力って」  “お前にはあきれた”――そのゼスチャーだとクミコにも即断できる仕草で、坂貝は頭を横に振る。 「……あのなあ、半井は体が弱いんだ。毎日送迎が必要で、体育も見学しなきゃならないくらいにな。無理に引っ張ってきたんだろう」  その設定の認識範囲は、坂貝――教師レベルで止まっているのか。  クミコは、データを上書きする。 「無理にじゃないよねっ?」   チコの問いかけ。  まず、返すのはあいまいな笑み。  そしてクミコは、状況整理を試みる。 「……みなさんはなにをしているんですか?」  坂貝と顔を見合わせてから、チコが答えた。 「超新星探し」 「超新星。ですか?」 「そうなの! 知ってるよね? 超新星」 「辞書的な知識でしたら」  超新星。  星がその寿命を終えるとき、引き起こす爆発の輝きのこと。 「それだけしってれば十分だよ! やっぱり! ナカライさんってそうじゃないかと思ってたんだ〜」  どう、じゃないかと思われてたのか。  それも気になるところだけれど、ひとまずは、先に発生した疑問の解消を優先する。 「それを、探している?」 「そうだよ。超新星がダメだめなら、新しい彗星でもいいんだけど」 「何故、ですか?」 「実績あげてめだたなきゃ! 新入部員、全然はいってきてくれないんだもん」 「つまり、廃部危機なわけだ。この天文部は」 「はぁ」  坂貝とチコとの説明をまとめれば、 「新入部員獲得のため、実績をあげることが必要」で。 そのための特例措置として、「連夜の天体観測」が認められているとのことになる。 「この学校の屋上からだと、けっこうすっごい星空見えるの!」 「それが売りで代々栄えた天文部ではあったんだが…… ご時世ってやつかなぁ。夜空を見上げるヤツ自体が激減しちまった」  何代も前の部長を務めた現顧問、坂貝が、ひどく深刻なため息をつく。  あるいは、チコより坂貝の方がより深く現状を憂いているのかもしれない。 「それで……何故、わたしを」 「目! 視力!!ナカライさん、超目がいいでしょ? 視力検査のときから目、つけてたの!」 「ああ」  体力測定は標準値+誤差の範囲に収まる結果を出すようにと指示されていたが――視力検査は特段の指示がないため、パーフェクトにクリアしてしまっていた。  それが、こんな奇妙な事態を招いてしまうとは…… 「ね? 一緒に探そう? 星を! 見つからなくても、見上げるだけで、素敵な気持ちになれるから!」 「素敵な、気持ち」  定義困難な感情については、この試験運用において、出来る限りの学習機会を得るよう命令されている。 「どう? ナカライさん」 「はい。協力します。超新星。ないしは彗星の探索に」 ------- 「……人間より、人間らしい……ですか」  渡されたタブレットに映る、そのときのものだという画像を眺め、ぼくは隠さぬため息をつく。  世の中の90%は虚飾にすぎないと、記者という職業柄熟知していたつもりだが――さすがに、あのウッドラフ教授の代表的研究成果が、この程度だとは夢にも思っていなかった。 「あら、ご不満?」 「お話を伺う限りにおいては、ですがね。 口調といい、この写真の表情といい――いかにも人形然としている」 「はじめての試験運用の、それも、一番最初の時期だったから」  エリシアの指が伸びてくる。  タブレットへと――そして画像が切り替わる。 「どう? 三ヶ月後。冬のはじめに昴を初めてみたときの写真。 このころには、ぐっと表情が人間らしくなってない?」 「そう……ですね」  たしかに、一枚前とは比較にならないほどの自然な表情だ。  写真をとったのが、恐らく顧問のサカカイということになるのだろう。  黒髪の小さな少女と一緒に、さっきの写真では表情を凍らせていたクミコ・ナカライは、大口をあけ、とても楽しげに笑ってる。  楽しげ――というだけではなく、ああ、そうだ。  本当に“幸せそう”に。 「……?」  しかし、なんだろう――どこかに、わずか違和感が。 「あら? 何か気になるところでも?」 「気になる、というか……なにか、どこか、不自然な……」  クスっと、微笑が鼓膜をくすぐる。  挑発されているような気が不意にして、半ば意地になり画面を――っ!!? 「拡大、してもいいですか?」 「ええ、どうぞご自由にご覧になって?」  許可を受け、すぐに画像の一部を大きくズームアップ――っ!!! 「舌……口内、これ」  クミコ、ナカライの口内は、ごくごく自然な色に見え――けれども、じっくり観察すれば、ありえないものとなっている。  ごく平凡な、いかにも口の桃色と、ほんのわずかにそれの赤みを増した色と――その両者が、ごくごく細いきっちりとしたストライプになり、並列されてる。 「お気づきになった? さすが、記者さんですね」  エリシアが笑う、楽しげに。 「IZAS-00012は、“人間よりも人間らしい”ロボットであるがために、――知識さえあればそれを一目で判別できる目印をつけられたんです」 「それが、この……舌」 確かに、ここまで規則正しいパターンをメイクや手術で偽装することは不可能だろう。 逆に、このパターンのある舌の上からメイクなどを施すことも、つねに濡れている――そうでなければ不自然に見える、“舌”という部位の特徴から、とても困難なものに思える。 「しかし、何故そのような必要性が?」 「ロボットですもの。目、髪、体型、それこそ、肌の色まで。 外観だったら、どんな風にも変えられますから」 「なるほど――――っ!!!?」 瞬間、疑問が膨れ上がる。 エリシアを名乗るこの年若い研究助手が、何故これほどに―― それこそ、まさに“見てきたように”……過去の実験結果を語り得るのか。 「人間より人間らしいアンドロイドのについて」のインタビューを快諾したはずのウッドラフ教授が、どうしてこの場を、彼女に任せきっているのか。 「失礼ですが、ミズ・ヴァーノン」 「申しましたわ? エリシアと」 「それでは、エリシア。失礼ですが――」 ぼくの短い依頼を受けて、 エリシアはくすくす、からかうような微笑を浮かべる。 「疑ってらっしゃるのね? わたしのことを」 そして、僕の求めに応じ。 あるいは、それを拒否するように―― 大きく大きく舌を出し、 ぼくにアカンベーしてみせる。 (なるほど、確かに) 舌を出されて、舌を撒く。 彼女は、ぼくの予想のはるかに上のレベルにおいて、 ――人間よりも、人間らしい。 <了>