『係長と少女』 (原作:yosita/リライト:山田沙紀) 「係長、起きて下さい、係長」 「……ん」  ゆさゆさと体を揺すられて目を覚ました。どうやら椅子に座ったまま眠っていたようだ。 最近は徹夜続きでろくに寝ていなかったからな。 「係長、事件です」  部下の笹岡に言われて立ち上がる。 「あの、係長……」  部屋を出ようとした私を部下の佐々岡が申し訳なさそうに呼び止める。今度はなんだ。 「係長、寝ていないのはわかりますが、多少身なりを気にしたほうが……。跡、ついてますよ」  頬に手をやる佐々岡をみて、同じ場所を指でなぞると、確かに凹んでいる。 「それに髪も」 「うるさい、すぐ追いつくから先に行っとけ」  洗面所で顔を洗って表に出ると、冷たい風が身にしみる。 「係長、早く」  私が佐々岡が回してきた車の助手席に乗り込むと、車は滑るように走りだした。 「場所は?」 「駅前のコンビニで爆発だそうです」 「またか……」  似たような事件は、今月に入ってもう4件。同一犯なのか、あるいは模倣犯なのか。 とにかく、おかげでこちらは寝不足である。 「最初は公園、次はコーヒーショップ。あ、そこの工事現場もこのあいだ爆破があったんですよね。 おかげで工事の期間が伸びたみたいです」  まったく、迷惑極まりない話だ。 「なんでクリスマスイブに事件なんて起こすんでしょうね」 「犯罪者も書き入れ時ってことか」 「今年の年末は特に忙しいですよ」  まさに、師走というやつだ。タバコに火をつけ息をつく。  なんでこんな仕事を選んだのだろう。最近、よく考える。  刑事には子供の頃から憧れていた。  だが、現実は思い描いていた夢とは大きくかけ離れていたのだ。正義感だけではやっていけず、 人を疑い、訝しみ、捕まえる。そんな刑事にいい顔をする相手もなく、感謝されることなど ほぼ皆無。その上、休みは不定期で給料も安いときたもんだ。 「係長、タバコは辞めたほうがいいですよ。体に悪いですし」 「うるさい」  おまけに部下は、煩わしいまでの世話焼きと来ている。  煙混じりのため息が零れた。  現場に到着する。  コンビニの周りには人だかりができていた。野次馬をかき分けロープの内側に入る。 爆発物は駐車場においてあったらしい。音は大きく目撃者も多数居たが、幸い怪我人はいないようだ。  長い間、寒空の下で棒立ちしているのも辛い。 「係長、どちらに」 「コーヒー、買ってくる」  事件を物ともせずに営業を続けるコンビニに入った。  コンビニの店内で、コーヒーと何か食べるものを見繕っていると、店員が佐々岡の方に 近づいてきた。 「刑事さん、あの」 「どうかしましたか」 「今、事務所にこんなファックスが届いたんです」  店員が差し出したファックスには手書きの文字でこう書かれていた。 【刑事さんの姿に一目惚れしました――私を捕まえに来て下さい】 「なんだ、こいつは」 「犯行声明文、ってやつですかね」 「電話会社に連絡して――」 「発信元を割り出すように伝えますね、わかりました」  すでに携帯を取り出している佐々岡、仕事が速い。その間に、もう一度ファックスの 内容を吟味する。  明らかに刑事……私たちに向けられた声明文だ。仕事柄恨まれることは多々あるが、 一目惚れ、だと? 「連絡しておきました」 「よし、一旦署に戻ろう」  現場を警官たちに任せて、来た車に再び乗り込む。 「一目惚れって、どういうことでしょう」  佐々岡も同じ部分が気になったようだ。 「字の様子だと、女子だろうな」 「字の綺麗な男かもしれませんよ」 「いや、こういう字は女子にしか書けない。いくら綺麗な字でも男らしさは出るものだし、 無理に筆跡を変えた様子もない。これは、高校生か……中学生ぐらいの字だな」 「係長がそう仰るなら」 「佐々岡、なにか心当たりは?」 「ありませんよ。しかも、僕はここに赴任してきてまだ一年ですよ?」 「期間の長さは関係ないだろう」 「それに、そんな簡単に一目惚れされるんだったら、今頃結婚してますって……って、 すいません係長」 「いや、気にするな」  微妙な間が生まれる。  私は一度は結婚したものの、家族を放おって仕事を優先した結果、二年前にあっけなく離婚。 こんな生活では当時3歳になる息子を育てられるはずもなく、今では養育費を払い月に 一度、食事をするだけの繋がりしかなかった。 「そういえば、今日は息子さんとの食事なんですよね、僕が係長の分も頑張りますから、今日は早く」 「そうも言ってられないだろうが。それに、まだまだ佐々岡一人に任せるわけにも行かない。 なに、プレゼントならちゃんと今日届くようにしてあるから、サンタクロースは一人で十分だろう」 「すみません、係長」  署についてから、佐々岡と別れデスクに向かう。  ここ近年で、うちが、正確には佐々岡が扱った事件について、ピックアップする。 「防犯カメラの映像が届きました」  佐々岡がモニターを準備し、映像を再生する。  店内からの映像に、駐車場の様子が小さく映っている。爆発物があったと思わしき場所に、 制服姿の女子が立っていた。生憎とこちらに背を向けていて顔は見えない。 やがて、女子がその場を立ち去るが、そこには紙袋らしきものが残っている。どうやら、 こいつが爆発物らしい。 「係長の言うとおり、女子でしたね。しかも学生の」 「制服から、学校は特定できないのか」 「やってはもらっていますが、難しい様子です。係長の方はどうですか?」 「お前が関わった事件について洗い出している途中だ」 「すごい量ですね。そりゃあ、寝不足にもなる」  この中から、関係者を探すには、時間が足りない。どうしたものか。  資料の山を前にどうしたものかと頭を抱えていると、女性警官が室内に入っていた。 「あ、戻ってた。はいこれ、あなた宛」 「ああ、ありがとう」  警官は私に封筒を渡すとそのまま仕事に戻っていく。  いかにも女子高生然としたレターセット、そこに書いてあるのは私の名前だった。 「係長、この字……さっきの手紙の字と似てませんか」  横から覗きこんでいた佐々岡が、何かに気づいたようすで机の上のファックスを手に 取り突き合わせる。確かに、同じ字の形が一緒だ。 「これ自体は、爆発しないだろうな」  透かしてみるが柄に遮られて中身は見えない。 「今時は紙型爆弾なんてのもありますからね」 「怖いことを言うな……開けるぞ」  封筒の中身は三つ折にされた便箋だった。 「まさか……」  そこに書かれていたのは、犯人による、私へのメッセージ。  文面の内容を瞬時に把握した私は、素早く手紙を折りたたむと、机の上においたままの コートを抱えて廊下へ走りだす。 「ちょっと、係長どこに行くんですか? いったい何が書いてあったんですか」 「お前はついてくるな、絶対に、絶対にだぞ!」  そう佐々岡に釘を刺すと、私は署を飛び出した。  駅近くの裏通りに面した高校。  コートを着ていても寒さが目に染みる。  人気のない校庭の真ん中に、彼女は立っていた。 「ようやく見つけてくれましたね」  あどけなさが残る、制服を着た少女。 「いったい何が目的なんだ」 「だから行ったじゃないですか、刑事さんに会いたくて」  と少女は笑顔で答える。 「あれ、私のこと覚えてないんですか?」 「ああ、すまないが」  彼女を刺激しないように言葉を選ぶ。 「これ、なんだかわかりますか?」  彼女が制服のポケットから取り出したのは、一見するとライターのような銀色の箱。 「未成年が、タバコを吸うのはよくないぞ」 「刑事さんも辞めたほうがいいですよ、体に悪いですからね。でもハズレです」  最近の爆弾事件の手口を思い出す。遠隔起爆式の爆弾……。 「それは、起爆装置か」 「さぁ……? それより、今日は息子さんと会う日なんですよね?」 「……っ!?」  背筋が凍る。 「お誕生日は、ヒーローのロボット……ちゃんと、当日に自宅に届くように手配して あるんですよね」  そんな事まで知っているのか。 「もう、そんなに怖い顔をしないでくださいよ。かっこいいけど」 「黙れ」  少女と対峙したまま考える。  もちろん、彼女のただのハッタリで、爆弾なんかは存在しないのかも知れない。しかし、 もし彼女の言うことが本当だったら……。 「その前に一つだけ教えてくれ……、どうして佐々岡ではなく『私』なんだ」 「ええ、だってかっこいいじゃないですか。憧れちゃうじゃないですか。凶悪犯相手に 勇敢に立ち向かう『女刑事』って」  なんということだ。  その言葉を聞いて、ようやく思考が動き出した。  確かに、少女と私には面識があった。数年前、彼女が登校中に乗っていたバスで、バス ジャック事件が起きた。たまたまバス内に居合わせた私が犯人を取り押さえていたのを、 彼女は見ていたらしい。その時、参考人として彼女からも調書を取っていたのだが、 佐々岡が関わった事件に拘っていたせいで、思い出せなかったのだ。  ちなみに、私はその事件でも無茶をしたことを怒られ減棒を受けていた。  彼女にとって私は、本当に憧れだったのだろう。  しかし、彼女のやり方は間違っているし、度が過ぎている。なんとしてでも、彼女を 止めなければならない。  はらり、と、鼻の先に白くて冷たいものが降ってきた。 「……わあ、綺麗な雪……」  少女が空を見上げた瞬間、すかさず彼女に飛びかかる。右手を極め、リモコンを奪い取る。 「放して、嘘、嘘なの! 私は、ただ……」  抵抗する少女の細い手首に手錠をかける。20時、犯人確保。  サイレンを鳴らしてパトカーが校門から入ってくる。  先頭のパトカーから降りてきたのは、佐々岡だ。 「係長、なにも言わずに出ていくから、探しちゃいましたよ。この子が」 「ああ、重要参考人だ」  佐々岡に遅れてやってきた警官に少女を引き渡す。  警官たちに引っ張られるように歩いていた少女は一度私の方に振り返り小さくつぶやく。 「本当に、憧れていたから……」  そして虚ろな表情のまま少女はパトカーに乗せられ、署に連れて行かれた。  現場に残ったのは私と佐々岡の二人だけだった。 「よくここがわかったな」 「公園、コーヒーショップ、工事現場、コンビニ……あとは駅の近くで『こ』の施設と言ったら、 ここぐらいでしたから」 「なかなかやるじゃないか」 「係長の部下ですからね。さて、係長今ならまだ間に合うんじゃないですか? パトカーで 自宅までお送りしますよ」 「元、自宅だけどな」 「ああ、その言葉遣いも止めたほうがいいです、せっかくの美人が台無しですよ」 「うるさい」  本当にうるさい。