『係長と少女』  yosita

 
「係長」
「ん?」
ゆさゆさ体を揺すられる。
部下の佐々岡を見る。
「駅前で強盗事件です」
「ん、あぁ。行くぞ、車を回しとけ」
徹夜続きでろくに寝てない。
「はい、あの……」
佐々岡は気難しそうに
「係長、寝てないのはわかりますが多少身なりを気にしたほうが」

「うるさい、何でお前にそんなこと言われなきゃいかん」
と言い放ったが顔を洗いに行く。
 
 
カレンダを見る。
今日は……、24日か……。


表に出ると冷たい風が身にしみる。
「係長! 早く」
「ああ」
私が乗り込むと、車は滑るように走り出した。

「今月に入って、もう5件目ですね」
佐々岡がハンドルを握りながら言う。
「犯罪者も書き入れ時ってことか」
タバコに火をつけため息をつく。

なんでこんな仕事を選んだ。
最近、よく考える――。

刑事、確かに子供の頃憧れていたことはあった。
だが、現実は思い描いていた夢とは大きくかけ離れていたのだ。

特に現場の刑事となれば、人から疎まれることはあるが
感謝されることなどほぼ皆無。
その上、休みは不定期で給料も安いときたもんだ。
「係長、タバコ」
「ん?」
「辞めたがほうがいいですよ、体に悪いですし」
「ったく、小姑みたいなやつだな」
佐々岡はまだ、30代前半の若い部類にはいる。
なぜか、対して妙なおせっかいをやく。
「おい、ハジキ持ったか?」
「ダメですよ? 携帯許可下りてないですよ?」
「知ったことか」
「先月、署長から相当お灸をすえられたはずですよね?」
「ちっ」
堅苦しい規律なんていちいち守っていられない。
現場では柔軟な対応が求められるのだ。
「じゃ、いざとなったら私が撃つさ」
「えっ、はぁ……」

「来るな! 全員ぶっ殺すぞ!」
「警察はヘリを用意しろ!!」

「どうしますか? かなりきてますね」
「ああ、説得はムダだな」
まったくやれやれだ。
現場に着くなり、銀行強盗は籠城してしまった。
「で、中の状況は?」
「はい、現在人質になっているのは5人です。銀行員と客が3名。今のところ、けが人はいません」
「そうか」
早めにケリをつけたい。
「犯人の身元は割れているのか?」
「まだです」
「佐々岡――」
「はい?」
「裏回れ、気を引きつけろ」
「ちょうど3分後だ」
私は腕時計を見る。
「危険なマネしないで下さい?」
「さぁな、いいから早くいけ!」
「わ、わかりました」
佐々岡が小走りで行く。

懐から黒光りする拳銃を取り出す。
どっしりとした重さにヒンヤリとした感覚
手荒いマネはあまりしたくはないが、仕方ない。

2分が過ぎた。
私は、銀行の入り口に回る。
古くさいが拡声器をもって犯人に訴えかける。
「警察だ、今ヘリを用意している。もう少し待ってくれないか?」
「は、早くしろ!! 人質を無事に帰して欲しければな」
「まぁまぁ、そんな力むな」
「うるせぇぇぇぇ!!!」
ドン! ドン!
2発撃っている。
「きゃぁぁああああ」
悲鳴がこだまする。
「警察だ! 観念しろ!」
何てベタなセリフだ。
まぁ、いい佐々岡が注意を引きつけたその隙に、
「おい、こっちを見ろ!」
パンっと乾いた音が鳴り響き、銃弾が犯人の肩に当たる。
「うぅう、ぎゃぁ――」
悲鳴を上げる。
「犯人確保!!」
佐々岡の合図で制服警官が中に飛び込む。

「ったく、君はどうしてすぐ撃つんだ!」
「いいじゃないですか、けが人は犯人だけで」
「それは結果論だろ!」

電話口から署長の雄叫びが耳に痛い。
「とにかく! 謹慎だ! 謹慎」
「署長、強行犯係は私と佐々岡だけですよ? 事件が起きたらどうするんですか」
「うう、それはだな。それはその時考える 以上!」

「係長」
佐々岡が苦笑いを浮かべる。
「気にするな、いつものことだ」
「こっちまで、減俸になったら係長にたかりますから」
「それより、一杯飲みに行くか? うん?」
仕事終わりにはビールが一番だ。

「あの刑事課の人ですか?」
若い制服警官が私たちを見る。
「そうですが」
「あの〜、現場近くにこんなものが……」
警官が差しだしたのはコピー用紙。
何か書いてある。
『刑事さんの姿に一目惚れしました――私を捕まえて下さい』
『2時間後、駅前のコンビニで証拠を見せます』

はぁ?
何なんだ、この文面は……。
「ちっ、たちの悪いイタズラか。姿は見たか?」
「それが……」
制服警官は、ばつが悪そうに、
「制服を着ていたので、女子高生か中学生か」
「ちっ」
ったく、理解できない。
「自分はこれで、よ、よろしくお願いします!」
制服警官は逃げるように持ち場に帰る。

「おい、佐々岡。お前の追っかけか?」
佐々岡を睨むと、
「ちっ、違いますよ。それに自分は着任してきてまだ半年ですよ」
「関係ないだろ?」
「それより、係長のほうが……」
「ん? 誰が40過ぎの年寄りを相手にするんだ」
「はぁ……」
佐々岡は何か言いたそう表情をしていたが、
「いいですよ……。それより、署に戻りましょう。その手紙は念の為、鑑識に」
「ああ、任せるよ」
今日も残業になりそうだ。


自分のデスクで書類(始末書)を書いていると、佐々岡が鑑識から戻ってきた。
「どうだった? ダメか?」
「ええ、指紋がキレイに拭き取られていました」
「そうか……」
タバコをふかしながら思考を巡らす。
随分と用心しているな……。
ただのイタズラにしては手が込んでいる気がする。
警察に対する挑戦か……。
となると、犯行予告ともとれる。
2時間後……。
例の手紙を見つけたのが、13時。
今は14時40分。
「佐々岡、歳はいくつだ?」
「はぁ、今年で30ですが……」
「じゃ、犯人の精神年齢と近いな。何かわからないか?」
「分からないですよ。それに、係長こそ少年事件課にいたなら……。あっ」
そこまで言って佐々岡は言葉を切る。
「あ、すいません……。つい……」
「いいんだ……」
なぜか、私が以前少年事件課にいたことは禁句扱いになっている。
確かにちょっとした不祥事はあったが、私は大して気にしていない。
妙な沈黙が流れる。
「で、係長どうします?」
「念の為だ、行こう」
まったく、忙しない職業だ。

またしても、佐々岡の運転する車に乗り込む。
車内で佐々岡が口を開く。
「係長」
「ん?」
「どう思いますか?」
「さぁな」
だが、私は妙な予感はしていた。
「そより、あと何分だ?」
「あと、10分ですね」
時計を見て、佐々岡が答える。
「もっと、スピードだせ」
「わかってますよ」

何とか15時ちょうどに駅前に着くことができた。
幸いにもこの町の駅はここだけでコンビニも1件しかない。

ローターリーに車を止め、様子を伺う。
「今のところ、妙なやつもいないですね」
「おい佐々岡、拳銃持っているか?」
「ないですよ! ついさっき始末書書いたばかりですよね?」
「……」

5分、10分と時間が立った。
「もう15時10分ですよ、係長……。やっぱりイタズラだったんですかね?」
「まぁ、もう少し待て」
確かにイタズラだったのか……。
それはそれでいい。
だが――。

「係長!」
「ん?」
「あれ、コンビニのゴミ箱前に」
佐々岡が指さしたのは不自然な置かれかたをした段ボール箱。
「さっきまで、ありましたか?」
「いや――」

その刹那一瞬何かが光る。
「なっ――」
「ばっ、爆弾?」
小型だが段ボール箱が爆破されたのだ。
「くっそぉおぉぉっぉぉ」
急いで車から飛び出しコンビニに走り出す。
爆破で店の入り口付近から火がでている。
店に駆け込み消化器を手に取る。

10分後、何とかは火を止めることはできた。
まさか、本当に……。
これが予告していた内容なのか?
「あのー、警察の人ですよね」
店長らしき男が紙切れを持って前に現れる。
「ついさっき、店のFAXにこれが……」
「ん?」

『わかったでしょ? これが本気な証拠。刑事さん、私を早く捕まえて下さい』

間違いない、例の予告文と同じ。
まさか、本当だったとは……。
「何が目的なんでしょうか……」
「さぁな……。それで爆弾については何かわかったのか?」
「鑑識の話ではプラスチック爆弾みたいですね、時限式の」
「ったく、本当に物騒な町になったな」

強盗籠城事件に、爆破事件……。
「佐々岡、本当に心当たりはないのか?」
明らかに警察へ挑戦してきている。
「そこまで恨みを買っていることは……」
私もさすがに心辺りはない。
「さっきのFAXから送信元わからないのか?」
「ええ、非通知で送られてきているようなので……」
「……」
くそ……。
「目的がわかりませんね。愉快犯でしょうか?」
「そうとも限らないだろ。愉快犯に見せかけて何か目的があるかもしれない」
と自分で言ったものの……。
どうだろうか……。
明らかに、私か佐々岡を挑発している可能性が高い。
「おい、一度署に戻るぞ」
「現場検証はどうするんですか?」
「どうせ何もでないだろ? 鑑識に任せておけ」
「はぁ……」

署に戻ると佐々岡と私が関わった事件をパソコンでリストアップする。
がだが――。

「係長……。きりが無いです」
「だろう、なあ……」
まぁ、わかってはいたが……。
それでも、主に未成年が関わっている事件に絞り込む。
「係長、自分は10件くらいですね」
佐々岡の着任時期を考えるとそんなものか……。
「係長は?」
「100件を超えるな……」
頭が痛くなる。
時計を見る、もう18時か。
「今日は息子さんと……」
「ああ」
息子は今年で5歳。
晩婚だった。
だが、あっけなく離婚。
家庭より仕事を優先したのがこのざまか。

離婚したのは、ちょうど2年前か……。
息子を引き取ったのは私ではなかった。

「係長?」
「ああ、さっさとケリをつけないと」
「でも、どうすれば……」
デスクの電話が鳴る。
「はい、刑事課」
電話をとった佐々岡の顔がこわばる。
「わかった、すぐに向かう――」
「係長――。女子高生が――」

駅前のデパートの屋上。
コートを着ても寒さが身にしみる。
「おい、一体何が目的だ」
フェンスの手前にいた。
あどけなさが残る、制服を着た少女。
私の記憶にはない顔……。
いや、ただ忘れているだけかもしれないが……。
「刑事さんに会いたくて……」
と少女は笑顔で答える。
意味がわからない。
「あれ、私のこと覚えてないんですか?」
「すまん……」
一応、刺激を与えないように低姿勢で応対をする。
彼女は私を指名してきた。
更に――。
「どこに、爆弾を仕掛けたかわかりますか?」
くっ……。
彼女は私が来なければ、爆破させるそう宣言してきたのだ。
もちろん、ここには1人で来た。
佐々岡はすぐ下の階で待機している。
極力、犯人を刺激しない為だ。

「これ、何だかわかります?」
彼女が取りだしたのは、一見するとリモコンのような――。
「爆弾の起爆スイッチか?」
「さぁ……。それより今日は息子さんと会う日ですよね?」
「!!」
――背筋が凍る。
何でだ?
どうして、そこまでこの少女が……。
「もう、そんな怖い顔しないで下さいよ。刑事さん」
「黙れ!」
どうする?
ただのはったりかもしれない。
だが、本当だったら……。
そうだ。
隙を見て、あのリモコンは取り上げないと。
「どうして、私に拘る?」
「だって、本当に一目惚れなんですよ?」
「もう40を過ぎた年寄りだ」
そうだ、部下の佐々岡のほうが――。
それなりに男前だし。
やはり、少女である彼女が私に憧れを抱くなんて――。
「だって、カッコイイじゃないですか? 拳銃をバンバン撃つ女刑事」
「……」
そうなのだ、私はこれでも一応女。
仕事をする上で意識したことはほんどない。
だが、それだけになぜ女である私を目の前の少女が――。
憧れ……。
だが、それにしては度が過ぎている。
「雪……」
ちょうど雪がパラパラと降ってきた。
「キレイ……」
少女が上を見上げた瞬間――。
彼女に飛びかかる。
「ちょっと、離して! 私はただ……」
手錠を少女の細い腕にかける。
「詳しいことは署で聞こう」
時計を見る、20時。
「まったく……」
「なんでクリスマスイブに」
すると少女は頬をぷぅとを膨らませて、
「だって、今日は刑事さんの誕生日でしょ?」
そうか……。
息子と会うことを考えていたが、今日は私の誕生日だった。
まったく、やれやれだ。
「係長、やりましたね」
佐々岡が制服警官を数人引き連れて姿を現した。
「ああ、間一髪だ」
「息子さんが待っているんでしょ? 行って下さい」
「ったく、妙な気を利かせやがって……」
「その口調止めたほうがいいですよ、せっかくの美人が台無しですよ」
「うるさい」
どうやら署内では、私は美人で通っているらしい。
「早く行って下さい、お母さん」
「ああ」

後日わかったことだが、少女と私には面識があった。
ちょうど、去年の暮れ。
窃盗犯を追いかけた私が、思わず発砲しまった。
その現場を少女がたまたま見ていたらしい。
ちなみに、少女は爆弾を仕掛けたのは例のコンビニだけだった。
デパートの屋上での振る舞いは、フェイクだったわけだ。

ただ、私に捕まりたいそれだけだったらしい。
まったく理解に苦しむ……。

まぁ、今後はむやみに発砲するのは控えることにしたい。
少しだけ、そう反省した。

 

<了>