『サンタクロースの下働き』　進行豹


「なんで……」

ぎゅうぎゅう詰めの車内に、野太い男の声が響く。
聞き覚えが無い声だ。新人だろう。

「なんでクリスマスイブに、オレたちはこんな場所で、こんなっ」

「そんなこと」

簡単なことだ。
わからないなら、教えてやるのが親切だろう。

「簡単なことじゃないか。自分たちがＤＰだからだよ」

「ディ〜〜ピィ〜〜」

途端、別の男の声。
こちらは、非常に耳慣れている。

自分と前後して働き始めた
――ほとんど同期といっても差し支え――
痩せぎすのっぽで目付きが悪い男。中本の声だ。

「ヤマ。お前、意味わかってんのかよ、ＤＰのよ」

つまらないことを聞く。
自分ほどのベテランが、そんな基本を知らないはずもない。

「わかってるさ。“宅配員”だろ？」

「じゃなくて、英語よ。英語の意味」

「ん？」

ディーピー……
自分たちのことをそんな風に、エリアマネージャーが言い始めたとき、
その辺の説明も確かに受けた。

「Ｄは、デリ……デリバリーだ」

そこまで思えば、すぐ思いつく。

「で、Ｐはピザ」

「違う！　こんなむさ苦しいピザ宅配があるかっ！」

「ないのか？」

「そう聞かれるとちょっとつまるが――多分、無い」

「なるほど、勉強になる。
自分、恥ずかしながらピザ宅配はしたことがないのだ」

はぁ、っと中本はためいきをつく。

そういえば、中本も今月は休みなしで入っていたか。
疲れがたまってくるころだ。

「疲れがたまっているなら中本。生卵を飲むと良いぞ。
ただし、七個以上はやめておけ。腹を壊す」

「いつでも親切だよな、おめーは」

またため息。

車内の暗さに馴染んできた目はうっすらと、
呆れたような中本の顔を映し出す。

「親切のおかえしに教えてやらぁな。」
ＤＰのＰはパーソンだよ、パーソン。
人、って意味だ」

「おお。そういえばそうだったな」

デリバリーが配達。
パーソンが人。
つまり、自分たち宅配員のことを意味している。

「すると、ピザ配達員はＰＤＰだな。
プロレス技のようで格好いい響きだ」

「それだよ、ヤツの狙いは」

中本が大きく頷く。

「ヤツとは、エリアマネージャーのことか？」

「だよ。あのゼニゲバダヌキは俗物の極みだけあらぁな。
横文字の名前をつけりゃ、アホが釣れると思ってんだよ」

（ガタリ）

車が揺れたわけでもないのに、
何人かが、大きく体をビクつかせる。

暗くて良くは見えないが、奥の方……
新人連中のような感じだ。

「狭小高層住宅域宅配員募集じゃだと人が集まりゃしねぇからな。
ＳＳＡ専門のＤＰを募集します、とやる。
給料もいいからアホが集まる」

「ふーん？　今はそんな求人をかけているのか」

中本は、物知りの上に話し好きだ。
おかげで、全く体を動かせないこの車内でも退屈せずにすむ。

「自分の頃は、狭小高層住域専門宅配募集だったぞ？
重い荷物を担ぎ、遙か高みを目指して階段を駆け登っていく。
まさに、自分にふさわしい、男の仕事であると感じた」

「なんだろーよ。おめーの場合は」

「うん。ＳＳＡだかのＤＰといわれても、まるでわからん。
その広告なら、自分、応募できてなかったと思うぞ」

「だろうぜ」

ああ。

見えなくっても気配でわかる。
中本はいつものあの、引きつったような笑みを浮かべた。

「けどな、世の中の大概の人間はおめーの真逆なのさ。
狭小高層住宅域宅配はごめんでも、ＳＳＡ担当ＤＰなら、
『なんとなく良さげ？　給料も悪くないし』ってなる」

「ふーん」

「で、実際働いてみて、そのキツさに参る。
あげくの果てが、『なんでクリスマスイブに？』ってことになる」

「キツくはあるが、それ以上の充実感が得られるだろう。
それに、一年三百六十五日、いつだって届けるべき荷物はある」

「だから、おめーはレア種だっていってんだよ。
もっとマシな働き口さえ見つかりゃあ、
オレだってこんな仕事はとっくに辞めてるぜ」

ケっ、と。
聞こえよがしに、中本は強い舌打ちをする。

「道州制の導入に、最低賃金の排除。
生活保護の現物化に、建築基準法の改正。
道交法の厳罰化に、店舗型商店の衰退、電力価格の高沸」

指折り、中本はなにやら難しいことを言い始める。
彼の宗教のお題目かなにかだろうか。

「そんなこんながかみ合わさって、
こんな貧民窟まがいの狭小密集高層集合住宅地が生まれちまった。
失政のつけを回されんのは、いつでもオレたち末端だ」

うんうんと、暗闇の中、いくつもの顔が頷く気配。
なら、中本の言っていることは正論なのだろう。

さすが、中本は物知りだ。
自分が感じてる疑問にもなら、答えをくれるかもしれない。

「ところで中本」

「あん？　なんだよヤマ」

「今日は、ずいぶんと人数が多くないか？
非常に窮屈だし、荷も多いようだ」

「……おめー、ちったぁ頭使えよ。
いってんだろ？　さっきから、今日はクリスマスイブだって」

「うん」

「なら、わかんだろ？　クリスマスプレゼントだよ、今日の荷は！
それをなんとか捌くため、人海戦術がとられてんだよ」

「ああ、そういうことだったか」

納得すれば、新しい疑問がわきおこってくる。

「なのに、何を嘆くことがある？
クリスマスプレゼントの配達ならば、
自分らは、サンタクロースの代理人をつとめるわけだ。
いつもより、さらにやりがいを感じてしかるべきだろう」

「あーあー、そーでござんすねぇ」

もういいもういい、と言わんばかりに、
中本がひらひらと手を振る気配。

「ってーわけだ。バイト諸君。
サンタの代理の一日仕事、せいぜい頑張ってくれたまえ」

「おーーーー！」

ん？　なんで自分しか返事をしないのだろう。
みな、車酔いでもしてるのだろうか？

（キッ）

「っとぉ、お仕事だっ！」

車が止まり、背面ドアがガラリと開けば、
途端に中本は跳ね起きる。

「さて諸君、煮おろしだ！」

自分はもとよりベテラン連中が一斉に動き出す。
新人は、ここではまだお呼びじゃない。

おろおろ、自分たちの動きを見守っているのが関の山だ。

（ドサっ、ドサッ、ドサッ、ドサッ）

「ほいほいほいほい」

駐車が許される時間はわずかに五分。

“炭田第一〜第四生活保護住宅”あての今日の荷物は、
ざっと四〜五百個といったところか。

（ドサっ、ドサっ、ドサっ、ドサっ）

荷降ろし先は、玄関ロビー。

いつもどおりに、管理人が遠目で見守る中、
あっという間に荷物の山は四十四本のタワーと三個のあまりに変わる。

ということは、今日の荷物は四百四十さ――

「おっと！　ごめんよっ」

さくさくと、実に鮮やかに手際よく、
中本が軽そうな荷物ばかりを選んで彼の背負子に乗せていく。

そうするために、率先して荷降ろしに励んでいたのだ。

「じゃ、行ってくらあ！」

風のように――
と表現するにはガニマタすぎる足並みで、
けれど素早く、中本は玄関ロビーを抜けていく。

「お、オレもっ！」

「ちょっ、どけよっ！」

中本の動きに触発されて、
新人たちが軽量荷物の集まっている塔へ群がる。

最高層で十四階へと続く階段を登ることを余儀なくされるこの仕事。少しでも軽いものを――と思う気持ちもわからないではないけれど。

「お先」

「いつもご苦労だな、ヤマ」

新人たちの奪い合いをよそに、
ベテランたちは中型荷物をぱっぱと仕分け運び始める。

そう、その方が稼ぎがよくなる。

荷運びの報酬は、60サイズなら120円、180サイズなら360円と、
“×２円”で統一されているのだし――

中本が漁ったあとの60サイズの荷物には、
低い階へのものなど残っているはずもないのだから。

「さて、と――」

自分も、仕事だ。
荷物選びに時間はかけない。

「よい――っしょっ」

今日の一番の大物から。
それが、絶対不変の選択基準だ。

その順番でこなしていけば、
自分みたいに判断が遅い人間であっても、
間違いなく、今日一日の食い扶持を稼げるから。

（ずしっ）

「むっ、結構あるな。石臼でも入ってるのか？」

大型荷物は最初から、宅配ではなく引越便の扱いになるから、
縦横高さで180cm、重さで30kgまでの荷物しかないはずなのだが……

「35〜6キロっていたところか？」

こういう紛れはたまにある。
取扱所が常連さんにサービスしたとか、おおかたそんなところだろう。

「さすがクリスマスだな。このクラスが結構あるのか」

いち、にぃ、さん、よん、ご、ろく、なな――個目を載せたところで、
軽合金の背負子がイヤなきしみを上げる。

なら、ひとつを下ろして、まずは六つからのスタートだ。

「よしっ」

担ぐのではなく、腰から下で押し上げる。

ヒザが一瞬震えるけれど、いったんしっかり立ってしまえば――
体が感じる負荷は一気に少なくなる。

そういう風に、積んでいるのだ。

「お先」

まだひしめきあってる新人共に挨拶をして、
階段をゆっくり登ってく。

エレベーターなどあるはずもない。
だからこそ、自分たちＤＰが活躍できるのだ。

（ぎしっ、ぎしっ）

肩ストラップが肉に食い込み音を立てる。
汗がじわりとにじみ出てくる。

五階――十階――あと、四階だ。

（ブーーーーーっ）

「ごめんくださーい、ムサシ運輸の宅配便です」

「ほいほーい」

「ハンコかサインをお願いします」

「あいよー」

よかった。
今日は幸先がいい。

普通の宅配ではもはや禁じ手になってしまった、
“ご近所預け”がここでは特別に許可されているとはいえど。

やはり、宅配の醍醐味は受け取る人のうれしそうな顔を見ることだから。

大昔にあった宣伝文句で
「場所に届けるんじゃない、人に届けるんだ」
というものがあったと中本が教えてくれたが……
それこそが、まさしく宅配の道なのだろうと思う。

「それでは、お荷物をどうぞ。
重いですが、玄関先で大丈夫ですか？」

「うん、ご苦労さん。そこでいいよ」

「わかりました。では」

これで一軒。

だが、汗の出る量も少ないし、
他の連中が嫌がりそうな荷物も多いし……
なんだか、稼げる日になりそうだ。

「ごめんください、ムサシ運輸の宅配便です！」

「はーい、ご苦労さま」

「ムサシ運輸の宅配便でーす」

「あー、ちょっと待っててくれる？　今、手が離せなくってさ」

……一番上に、一番上の階あての荷物。
それから順び、低い階あての荷物というふうに背負子にのせれば、
無駄なく宅配できることを教えてくれたのも、そういえば中本だった。

おかげで――

「はーい、ハンコね。お疲れさん」

――背負子の全てを届けてしまえば、すぐ一階にまで舞い戻れ、
次の荷物たちを積みにかかれる。

「今度は……八個いけるか。うん、いいペースだ」

どんどん、どんどん、荷物を運ぶ。

いつもだったらもうびっしょりになってしまってる制服も、
今日に限っては、全く汗で重くならない。

「ごめんくださーい、ムサシ運輸の宅配便です」

「はいはい、待ってましたよ」

とても小さなおばあさん。

荷物は、子供さんかお孫さんからだろうか。
受け取りに来る顔がほとんど、笑ってる。

「あら、おにいさん、お風邪？」

「え？」

「鼻水、垂れてますよ？」

「あ――すみませんっ」

「いえいえ、そんな体でおつかれさまですね」

参った。
妙に汗が出てこないと思ったら、体調がどうにかしてたのか。

風邪なんてひいたこともないから、
ティッシュペーパーの用意も無いし……

「おにいさん、よかったらこれ」

「いいんですか？　ご親切に、ありがとうございます」

ポケットティッシュだ。
鼻水を荷物につけるわけにもいかないし、
ありがたく頂戴することにする。

「いえいえ、頑張ってくださいね」

閉じる扉に頭をさげて、
すぐ鼻をかみ、ちぎったティッシュで栓を作って鼻の穴に詰める。

「ほへへよひ――ひや、よふはいは」

声、これじゃまるっきり不審者だ。

なら――移動中だけは鼻栓をして、
玄関前で栓を抜き、お届けが終了したらまた栓をする。
その繰り返しでやっていくしかないだろう。

「うんっ」

やることが決まればあとはやるだけだ。

（すぽっ）

「ごめんくださーい！　ムサシ運輸です」

（ずぼっ）

「ふひは……ひゅうひっはひは」

（すぽっ）

「ムサシ運輸です、お届けものでーす！」

（ずぼっ）
「よひよひ、ちょうひがへへひはほ」

…………鼻栓をすると呼吸がいくらか不自由になる。

それで速度が落ちたのだろうか、荷物が単純に多すぎたせいだろうか、
すっかり日も落ちてしまったけれど――
どうやら、終わりが見えてきた。

（すぽっ）

「ムサシ運輸です、宅配便です」

（ずぼっ）

「あと……はんほ」

（すぽっ）

「ムサシ運輸のお届けものです、ハンコかサインををお願いします」

（ずぼっ）

「ほへへ――らふいひ！」

（ピンぽーーーーーん）

「はーーーーい」

これで、今日の荷物は終わりだ。
おっと、その前に鼻栓を抜かなくちゃ。

（すぽっ）

「ムサシ運輸の宅配便です。お荷物をお届けにきました」

「えっ？」

（かちゃり）

ドアが開く。

中から顔をのぞかせたのは……
まだ、小学校にも上る前くらいの少年だ。

「あの、なんですか？」

「宅配便です。お荷物のお届けにあがりました。
ええと……高梨蒼一様、高梨紅子様あてに」

「そういちは、ぼくです」

「おにいちゃん、やっぱりサンタさんっ！？」

「ううん、ちがうみたい」

「えー」

ひょっこり、蒼一くんの顔がひっこんで、
もっと小さな女の子――
多分、紅子ちゃんの顔が入れ替わりで自分を見つめて。

「あっ！？　おにいちゃん！　おにいちゃんっ！！！」

「え？」

（バタン）

ドアがいきなり閉められて……

（バーンっ！！！）

一分ほどのち、今度はいきおいよく全開される。

「あのっ、
プレゼントありがとうって、サンタさんにつたえてください」

「はぁ」

子供なりに、なにか夢でもみてるのだろうか。
わざわざ、壊すこともない。

「ええと、できる範囲でやっておきます。
で、ハンコかサインを」

「べに、おなまえかけるっ！」

（くしょくしょくしょ）

渡した受け取り伝票に、ミミズ語でのサインが書き込まれる。

「はいっ！」

サインが読めるかどうかは大した問題じゃない。
極端な話、○を一個書いてもらうだけでも大丈夫。

荷物を確かに受け取りましたと、
その証をなんであれ残してもらえればそれでいい。

「ありがとう。じゃ、これ荷物。ここにおくけど、大丈夫？」

「うん、すぐあけるから！」

「ダメだよう、ママがかえってくるまで待たないと」

「えーっ」

……この配達が多分、全体でも最後のひとつ。

子供たちのやりとりがケンカになってしまわないかは
ほんの少しだけ心配だ。が。

「それじゃ、失礼します」

（パタン）

事務所に戻って今日の給料を受け取ることを楽しみにしてる仲間を待たせるわけにもいかず、自分からドアを閉めて出る。

（バーン）

「っ！！？」

閉めた途端に、再びドアが開かれる。
ぶんぶん、子供たちが手を振ってくれる。

「バイバーイ、サンタさんによろしくー」
「いいこにするから、またらいねんもプレゼントもってきてねー」

「……いい子は、ちゃんと戸締りできるぞ？」

「だって！　おにいちゃん」
「とじまりとじまりっ」

（ぱたん、カチンっ！）

「ふうっ」

どうも、子供の考えることははよくわからない。

他社さんみたいにサンタの服きて宅配とかいうサービスをしてるわけでもないのに。

なんで自分に、そんな伝言をあずけようという気になったのか。

「……届け先がわからないではなぁ」

っと！
そんなことを考えている場合じゃなかった！！

「すまんっ」

全力疾走でロビーに戻れば、
荷物は綺麗になくなって、全員、顔を揃えてる。

「待たせてしまったようだな」

「いんにゃ、お前さんが一番の重労働ってのは――お？」

まじまじ、中本に見つめられる。

「どしたい？　それ。
って、ああ、そういえば言ってたっけな」

「は？」

問い返せばすぐ、中本はちょんちょんとその低い鼻をつついてみせる。

「代理人だとなんとかよ、サンタの」

ああ、と周囲の男たちから声がもれ。
それはすぐさま、くすくす笑いへと変わってく。

「暗い夜道で役立ちそうだ。
真っ赤だぜ？　おめーの鼻は」

（おしまい）