『彼の吊り橋』 yosita
「おい、お前はこれから多くの人間と出会うことになる」
「まぁ、厳密には利用されることになるわけだが」
「ほら、見てみろ……」
男。
わしに声を掛けているのは男だ。
どうやら、わしを作った人間らしい。
実際には設計者にあたる。
もちろん、わしは彼と話すことはできない。
だが、彼はまるでわしを同じ人間の友人と話すように親しげに笑う。
「あれが、今度作られた。遊園地だ」
どうやら、彼の話によるとわしはその遊園地へ行く為に作られた吊り橋らしい。
新しく作られる遊園地へ人を渡す為にわしは作れた。
彼がそう教えてくれたのだ。
一方、その遊園地の反対側には小さな古びた駅があるらしい。
「つまりだーー」
「お前の上を通る人々は、みんなあの遊園地に行く為に渡るんだ」
「言うなれば、『夢の吊り橋』なのさ」
そして彼はわしに色々なことを話してくれた。
吊り橋は、人の生活になくてはならない存在であること。
そして、橋の上では色々なドラマが繰り広げられること。
彼はかなりロマンチストなのかもしれない。
そう思ったのは、かなり後になってからだ。
約1ヶ月の間だが、彼はわしに対して話掛けることを続けてた。
最後に聞いたのは、
「娘が生まれたんだ、必ずここにやって来るさ」
という彼の言葉。
そして、いつの間にか彼がわしの前に現れなくなった。
わしの上で仕事仲間の声が聞こえる。
「あの設計士、離婚したらしいぞ」
「本当か? まだ娘さん生まれたばかりだろ……」
どうやら、家庭環境が上手くいっていないらしい。
わしにはそれくらいのことしかわからない。
「あれが、新しい遊園地? 楽しみだね」
子供声。
ちょうど、設計士である彼の姿を見なくなって2年。
わしを渡る人間が急に数が増えた。
多い時は、1日に1000人近くの人間がわしを通って遊園地へ向かった。
だが、それもたった数ヶ月のこと。
わしのことを定期的にメンテナンスをしている人間の話。
若い2人の作業員。
「まさか、あの遊園地が潰れるとはな……」
「ああ、でもこの不況では仕方ないなぁ……」
「どうするんだ、この吊り橋……」
「そうですね、いくら年に数回と言えどもお金がかかっているわけだし」
「取り壊しかな……」
わしが取り壊される?
それも運命かもしれない。
わしの役目も終わる。
「おい、いよいよらしいな」
『彼』だ。
『彼』がわしの前、いや上に姿を現した。
あれから5年の月日が流れていた。
しかも今日は1人ではない。
幼い子供も一緒だ。
「私がこんな場所に作ってしまったばかりに……」
「そうだ、これが私の娘だ。もう5歳だ」
つまり、わしと同い年。
「おとうさん……。誰と喋っているの?」
『彼』の娘は言葉を発しない。
「ん……。父さんの大切な吊り橋とさ」
「よーこ、わからない」
『彼』はしばらく、わしを見つめてから娘を連れて去って行った。
これが、本当に『彼』と会う最後になるのだろう。
わしは、崩れ去る運命なのだ。
だが、何事もなく数年が過ぎた。
ただただ、人を渡すだけの日々。
それも、多くて1ヶ月に数人。
わしの存在価値はあるのだろうか。
ただ、1人も向こうへ渡りたい人間がいればそれは意味を成すのかもしれない。
わしは吊り橋なのだから。
わしが生まれてもう30年経った。
わしは考える。
わしがどうしてこの世に生まれたのか?
文字通り、人を渡す為。
山奥にある、旧式の吊り橋。
全長20メートル、幅3メートル。
元々わしの作られた目的である、だがその遊園地はもうない。
それでも……。
晴れの日も、雨の日もまた雪の日もわしは人を乗せ岸から岸に渡してやるそれが仕事。
ふと、最近よく思うことはーー。
人は本当によくわからない生き物ということだ。
なぜ、わざわざ……。
わしの頭上でいざこざが起きるのかーー。
とある男女の話。
冬のよく晴れた日のこと。
「陽子さん、ぼ、僕と……」
歳の頃は10代後半だろうか。
男というより、男の子に近い。
学生服を着ている。おそらく高校生というやつだ。
が、連れのは20代だろう。
その男の子は、連れの女に向かって声をあげる。
「僕と、つつつつ」
「……」
連れの女は、男の子がそれを言うのを待っているようだ。
本当にわしを渡りたい、人々にはえらい迷惑な話だ。
「僕と付き合ってください」
「私でいいの? 私、旦那がいるのに……。子供も……」
「かっ、関係ないです」
「僕は、陽子さんと……」
「郁男君……」
そして、抱き合う2人。
わしには、人の感情が理解できないのだが、きっと喜ばしいことなのだろう。
わしを渡ろうとしていた、数人の男女はなぜか苦笑いを浮かべている。
こうして、わしはいつから「縁結びの橋」と呼ばれるようになった。
女には、なぜか懐かしい雰囲気が漂っていたことをわしは忘れない。
そして、数年後またこんなことがあったのだ。
寒い寒い冬の夜。
雪もちらついている。
「郁男君……。私、赤ちゃんできたの……」
「郁男君と、私の……」
「えっ……」
いつかの男女だ。
わしは起こった出来事は決して忘れない。
だが、今日はあまりいい話ではないようだ。
「産んでいいのよね? 今の旦那とは離婚するから。お願い……」
「郁男君の子供……、産みたいの」
「……ダメだ、諦めてくれないか? 陽子さん」
「会社の内定が決まったばかりなんだ……」
数年前とは違って、男の子。
いや、今は立派な男。
彼は凍えるほど冷たい眼差しをしていた。
「いや!!!! それなら……」
「郁男君を殺して、私も死ぬの!」
いやいや、わしの上でもめ事は避けてほしい。
そうでなくても、わしの手入れは滅多にしてもらえないのだから。
最近では、あちらこちらにガタがきている。
だが、そんなわしにお構いなしに事態は進む。
「やぁあああああああ」
「あああぁぁっーー」
弾丸のように突進し、男を突き落とす女。
ドボンっーー。
男はわしの下に流れる川に落ちたーー。
高さは10メートル以上ある。
それに加え、この季節まず助からないだろう。
「いやぁあああああああ」
女も飛び降りると思えば、わしを渡り切り走りさってしまった。
いやはや、一体何をしたいのかーー。
数時間後、警察の人間が沢山やってきた。
こうして、わしのについた名前は「心中する橋」と不名誉な呼び名がついた。
そして、2年後。
「暁美……、ゴメンなさい……」
数年前、男を突き落とした女だ。
靴を揃えて置き、その傍らに手紙を置く。
「郁男君……、私もそっちへ行くから……」
女は吸い込まれるようにわしから飛び降りたーー。
こうしては、わしのについた新しい名前は『死を呼ぶ橋』。
季節は汗ばむような夏。
多くの虫たちがわしの周りに群がる。
「おい、しっかりと持ってきたんだろうな」
なんて暑苦しい姿をした男だろうか?
黒いコートに黒い帽子を深くかぶった大男。
話かけた相手は60歳前後の毛髪が薄くなった小柄な男。
「孫を……。暁美は……」
「そう焦るな、ほらーー」
大男の視線の先には5、6歳の子供。
わしの渡り切ったすぐ先の杭にロープ括り付けられている。
「暁美!!」
老人の声が響き渡る。
「1千万なら、この中にある」
老人はそう言い放ち黒いボストンバックを投げる。
重い……。
これがお金の重さか……。
ズッシリとした重さがわしに伝わる。
わしを固定している、ロープも軋むのがわかる。
「確認してもらうぜ……」
大男はバッグの中身を確認しケタケタと笑う。
「冗談きついぜ、爺さんーー。古い手使いやがって!!」
「それに、漬け物石まで詰めやがって!!」
大男は札束を握りしめ老人に投げつける。
「全部、新聞だろうが!!」
偽物か、まったく何をやっているんだか……。
「っ……、うちには金がないんだ……」
「知っているだろ? あの子、暁美の父親と母親の陽子はここで死んだんだ……」
「だから、私には大金を払う金など……、ないんだ……」
ここで死んだ?
「……」
大男はサングラスを外し、顔を真っ赤にさせ話はじめた。
「もちろん、よーく知っているさ」
「だが、訂正させてもらう。郁男は自殺なんかじゃない!!」
やれやれ、わしの上で物騒な話は止めていただきたい。
ただじゃなくても、滅多に人が訪れないのだから。
「殺されたんだ……、あんたの娘に……」
今度は老人の顔が真っ青になる。
やれやれ、赤くなったり、青くなったりと人間は本当に忙しないな……。
「お前は一体……」
「郁男の兄だ」
「!!!」
「これも、運命なのか……」
老人が呟く。
わしは、ようやく気づいたのだ。
どうしてもっと早く気づかなかったのか?
老人は、『彼』なのだ。
そう、あの『彼』だ。
わしの設計をした『彼』。
わしに人間のことを教えてくれた『彼』。
では、その娘は……。
まさか……。
ああ、何と言うことだ。
あの『陽子』は『彼』の娘だったのだ。
なんて皮肉な。
「ああ、運命さ……」
大男は、小さなスイッチのようなものを取り出し、
「俺も、あんたも、あの暁美という子もみんなここで死ぬんだよ」
「暁美は……。暁美だけは助けてくれ……」
「まさか、爆弾……」
「そうさ、みんなでこれでぶっ飛ぶんだ」
「最初からそのつもりで……」
「この吊り橋と共に消え去るんだよ」
「頼む、暁美だけは……。誰か助けて……」
『彼』の必死の願い。
わしは、初めて何かしたいと思ったのかもしれない。
ブッ……。
鈍い音。
両端のロープが切って、全てが崩れ去り、
川に落下する。『彼』と大男と共に……。
「くそぉぉ……」
「お前……、ありがとう……」
『彼』の孫娘だけ残して……。
わしは、最後の最後で何かできたのかもしれない。
<了>