サクラノペンローズ(作:山田沙紀)

「『こうして、地球の危機は去ったのだった』……と。これで完成だ」
 滝川はペンを置くと、目を閉じで、ふうと長い息をついた。
 それから、机の上に広がっていた原稿をまとめると封筒に収め、部屋の隅に立つスーツ
姿の女性の元に向かう。
「あとは任せたよ、美唄さん」
「お疲れ様でした、先生。最終回まで、無事先生の担当を続けることができてよかった
です」
 美唄はそう言いながら封筒の中身を確認し、そして満足したような笑みをうかべると
それを胸に抱いて滝川を労う。
「いいやいや、僕も最後まで美唄さんが担当でよかったと思っているよ」
「そう言って頂いけると光栄です」
「いろいろと好き勝手やらせてもらったしね」
「先生の無茶ぶりにはもう慣れました」
「こいつは厳しいな」
「それに、終わったと入っても、これからアニメ化もあるわけですから、まだまだ先生に
 は頑張ってもらいますよ」
「お手柔らかに頼むよ」
 滝川は美唄と顔を合わせて軽く笑うと、今度は部屋の中央に控える青年に振り返って
声をかける。
「夕張くんも、今までアシスタントご苦労だったね」
「先生こそ、お疲れ様です」
「これからは自分の連載ができるよう頑張ってくれよ」
「精進します」
「編集部でも夕張先生のことは期待していますよ」
「そんな、ありがとうございます。……あの、美唄さんもしよかったらこれから……」
「それじゃあ、私は失礼しますね。これを届けないといけませんし。それでは先生、夕張
さん、本当にお疲れ様でした」
 美唄は、にっこりと微笑むと仕事場を後にした。
 落ち込む夕張の肩に手を乗せて、滝川は同情するように呟いた。
「どうやら連載を掴むよりも難しそうだねぇ」
「そんなんじゃないですよ。しかし、『サクラノミコン』終わってしまったんですね。
 美唄さんじゃありませんが、最初から最後までこの作品に携われて僕も嬉しいです」
「君たちがいてくれたから完結できたようなものだよ。おかげで、僕の代表作にもなった
 わけだしね。まあ、なんだ、せっかくだから出前でも取ろうじゃないか。連載終了の
 お祝いも兼ねて、いつもよりも豪華にな」
「いいですね、やりましょう。いつものところでいいですよね」
「ああ、注文は任せるよ」

「はいカットー」
「30分休憩でーす」
 スタジオ内に造られた部屋のセットか出演者たちが降りてきた。それぞれ台本を確認
したり、楽屋に戻ったりと思うままに休憩を過ごしている。そんな様子を遠目にスタッフ
二人が立ち話をしていた。
 撮影を仕切っていたディレクターは、相談のために何人かを引き連れてスタジオから
退出する。
「留萌ちゃんかわいかったですねぇ」
「なんといっても、今一番人気のアイドルだからな」
 二人の会話は、先ほど美人編集者の役を演じていた大沼留萌の話題で持ちきりだった。
「元々は声優だったのにドラマのヒロインに抜擢されるなんて、運がいいですよね」
「運だけじゃないだろ、彼女はちゃんと実力もあるよ。むしろ、この作品すら足がかりに
次は舞台、映画とさらに躍進していくに違いないね」
「やけに押しますね、先輩」
「なにせ俺は留萌ちゃんの深夜アニメのヒロインをやっていた頃からのファンだからな。
彼女の出ているCDやDVDは観賞用、布教用、保管用と揃えている」
「うわ、筋金入りじゃないですか」
 後輩格が、一歩ほど身を離す。
「お前ちょっと引いただろ」
「引いてないです」
「じゃあなんだよこの距離感」
「ほら、そこサボってないで、そろそろ本番はじまるよー」
「へーい」
 戻ってきたディレクターに注意されて、二人は持ち場に戻っていく。
 ディレクターはスタジオ全体の準備が整ったのを確認してから、台本を手に次の指示を
出す。

『それじゃあ、シーン8の続きからー』
 モニターとパネルが壁一面を埋め尽くした薄暗い部屋。二人の男が、モニターに映る
映像を眺めていた。
「地球の文化を研究して、もう一年になるのだな」
「といってテレビを見てばっかりじゃないですか」
 上司風の雰囲気を出した男が立ち上がり、壁に埋められたモニターを見下すように
呟いた。
「しかし地球人とは愚かな人類だな、低俗なバラエティ、陳腐なスポーツ、ニュースで
 流れているのは腐りきった社会。果ては地球人同士で戦争をはじめてしまう、全く
 もって野蛮な者たちだ」
「この調査を元に、彼らがこの宇宙の一員にふさわしいかどうかを判断しなければなら
 ないのですね」
「そうだ。そして、もしも彼が宇宙に必要ない存在と判断されれば、彼らが本格的に宇宙
 に進出してくる前に、この軌道母船に搭載されたプラネットデストロイヤー砲で地球
 ごと消滅させるのだ」
「嫌な役目ですね」
 渋い顔をする部下に対し、上司は冷めた声で告げる。
「宇宙の平和のためには必要なことだ。あとは、偵察のために派遣したエージェントの
 報告を合わせれば、調査は完了だな」
「あ、そろそろアニメがはじまる時間ですよ」
「なんだと、それは見逃せない。5分前にはチャンネルセット、視聴用意だ」
「……了解です」
 二人の男は部屋を明るくして、モニターから少し離れて座り直した。

「っていう夢を見たんだ」
「宇宙人がアニメを見るかよ」
 どこかの教室、一人の生徒が、隣の生徒にさっきまで見ていた夢の内容を語って聞かせ
ていた。言うまでもなく今は授業中である。
 授業が退屈なのか、隣人の話がどうでもいいのか、男子生徒はつまらなそうに平坦に
応えた。
「突っ込みどころはそこかよ」
「アニメと言えばさ、ついに『サクラノミコン』がアニメ化するらしいよ」
 二人の後ろの席の生徒が会話に割り込む。
「マジか? あれだけ人気があるのに全然アニメ化しないって話題になってたのにな」
 体を横にむけて後ろを向く隣人にため息をつきながらも会話に参加する。
「それは聞いたことあるな。確かヒロインのサクラコの声は、大沼留萌がやるらしいぜ」
「よし観る、絶対観る。DVDは3本ずつ買う」
「お前、留萌ちゃん好きすぎるからなー」
 男子生徒は、僅かに机を隣から離した。
「でも原作はこの前ラスボスっぽいの倒したばっかりじゃないか?」
 隣の男ほどではないが、作品のファンである男子生徒は週刊連載も欠かさず追っていた
ので、先週の話を思い出しながら口にする。
「どうせ、また新しい敵が出て引き伸ばすんじゃね」
「いや、あの作者なら案外あっさり終わらせるかもよ」
「今日発売だったよな、帰りに寄ってこーぜ」
「あんたたち……」
 留萌好きの生徒の後ろに座る女子が、声を震わせながら言葉を吐く。
「授業中だっていうのにナチュラルに世間話してるんじゃないわよ!」
 そして爆発した。

「『あんたたちのせいで私まで怒られたじゃない』」
 台本を片手に、鏡の前に立ち少女が台詞の練習をしていた。
「どう留萌、はかどってる?」
 スーツを着た女性が部屋に入ってくる。
「あ、美唄さん。そうですね、もう何度も台本は読んだので、いまは主人公の台詞を読ん
 でいたところです」
「そう、熱心ね」
「小さな頃から、滝川先生のファンだったんです。声優になったのも、滝川先生の作品に
 出演できたらいいなって思ったからなんですよ」
「そう、滝川先生は自分の納得したものしかアニメ化を許可してくれないから、今回は
 凄くいいチャンスだと思うわ」
「そうなんですか。ええ、親戚が出版社で滝川先生の担当をしていたのよ」
 その話を聴いて、留萌は目を輝かせて美唄を見た。
「そうね、機会があったら紹介できるかもしれない。それにはまず、オーディションに
 受かってもらわないとね」
「分かりました、頑張ります」
「受かるといいわね」
 無邪気な笑みを浮かべる留萌に、美唄はほっこりと微笑んだ。
「あ、ちょっと待って留萌。電話をかけるから。次の仕事まではまだ時間があるから練習
 を続けていいわよ。もしもし、母……」

「はい、こちら富良野屋です……え? マザーシ……なんですか? エーなんとかとか
 いわれてもうちはただのラーメン屋ですよ」
 それを聞いて、電話が切れたらしく、店員は受話器を置いた。
 受話器をおいて、すぐに再び電話が鳴り始めた。一瞬、訝しげに受話器を睨んだ後、
電話に出る。
「はい、こちら富良野屋です。ああ先生ですか。出前ですね。チャーシュー麺に味噌大
 盛り、それから餃子と炒飯ね、かしこまりました。ありがとうございます。店長、注文
 ですよ」
「あいよ」
「漫画家先生がいつものに加えて炒飯、餃子ですって」
「なかなか、豪勢じゃないか。よーし、いっちょ腕をふるっちまうかな」
「ちゃんと毎回腕をふるってくださいよ」
「姉ちゃん、ピールおかわり」
「あ、はーい」
 注文を受けて、ジョッキを片手に店内に出る店員。
「おまたせしました」
「なんかね、テレビの調子が悪いんだよ」
 客が、店の角にあるテレビを指さした。さっきまではちゃんと野球中継が映っていた
はずだが、今では砂嵐に変っている。
「あー、最近なんか多いんですよねぇ」
 店員は、爪先立ちでテレビに手を伸ばすと、右に左に揺らす。ノイズが揺らぐと、一人
の女性が画面に映る。

『緊急速報です。先日突然観測された小惑星は、このままの軌道で進んでいくと、一ヶ月
 以内に地球と衝突する可能性が95%異常であるとの発表が、政府よりなされました。
 政府は、この問題について世界各国が協力して対応すると共に、市民の皆様にはどうか
 落ち着いて対処するよう求めています』
「な、なんだって!」
「これが、奴の残した最後の計画だっていうのかよ」
 ニュースに騒然とする、少年少女たち。激しい戦いの後でそれぞれ傷つき疲労していた。
そんな中、聞いたこのニュース。程度の差はあれ皆、絶望していた。
「せっかく、奴を倒したっていうのに」
「もう、世界を救う方法はないのか……」
「方法なら、あるよ……」
 学生服姿の少年が立ち上がり、空を見上げる。
「本当なの、ミナト?!」
「今まで君たちに黙ってきたことがある。僕の、本当の姿は……」
【ミナトが語る、世界を救うための方法とは。次回、感動の最終回!】

「うわ、凄い終わり方だったな」
「来週が楽しみだわ」
「本当に次で最終回になってたな」
 コンビニで男子高校生が三人、一冊の雑誌をのぞき込んでいる。レジでは店員が迷惑
そうに三人に眺めている。
「アニメ化の情報も載ってるな。やっぱり留萌ちゃんだ」
「うっはー、うっはー」
「お前それは引くわ」
 全体的に、コンビニの店内にいる全員が彼から一歩引いていた。
 突然、雑誌を持っていた生徒にが携帯を取り出して、画面を確認する。
「あ、メールだわ。……! ああ、おれ用事ができたから先帰るわ」
「おう、またなー」
「留萌たーん、留萌たーん」
 男子生徒は雑誌を持ったままレジに行き、雑誌の代金を払ってから店を出る。
 もう一度携帯を開くと耳に当て、空を見上げた。

『もしもし、こちらエージェント371。聞こえますか、マザーシップ』
 モニタールームの中、通信を受けた男は、淡々と指示を下す。
「こちらマザーシップ。エージェント371、報告の時間だ、直ちに戻ってきたまえ」
『エージェント371、了解しました。現地潜入任務を終了し軌道母船に帰還します』
「では転送座標を送る」
 通信が途切れ、男がパネルを操作する。
 しばらくして、モニタールームに人影が入ってくる。男と比べると随分若く、少年の
ような印象を受ける。
「エージェント371、帰投しました」
「おかえり、エージェント371」
「本星からの最終打診を受けた。この報告を元に我々は最終判断を行う。君の報告が地球
 の存亡を担っていると思ってくれて構わない。エージェント317の意見を聞こう」
「もし、地球が必要でないと判断されたら、どうなるのでしょうか」
「この起動調査母船に搭載されたプラネットデストロイヤー砲にて、地球を破壊する。
 その効果は一瞬だ。地球に住む者たちは、自らが滅びたことすら気づかないだろう」
「ところで、エージェント371。その手に持っているのはなんだ」
「これですか? これは、今週の週刊少年ホップです」
「ほう、地球分化のサンプルだな。いいだろう、貸してみたまえ」
「了解であります」
「これはどういうことだ」
「と、申されますと?」
「この巻頭に載っているのは、なんだ」
「『サクラノミコン』ですね。謎の魔導書に導かれた少年少女たちが世界の危機に立ち
 向かう人気の漫画です」
「聴いているのはそういうことではない。この展開、まるで最終回間近ではないか」
「……まあ最後の敵を倒して、最後に世界に危機が迫っている状況ですね。聞いた話では、
 来週最終回だそうです」
「それはつまり、来週にならなければ続きは、最終回は読めないということだな」
「そうなりますね」
「そうかわかった」
 男は、パネルに設置されたマイクを取り、重く言葉を発した。
「全艦に告ぐ。プラネットデストロイヤー砲、発射準備」
「待ってください、隊長。確かに、地球人は愚かで、ちょっとうざいところもありますが。
 しかし、彼らは、彼らと我々は、良い友人になれると思うのです」
「目標は地球……に接近しつつある小惑星だ」
「え……?」
「本星に報告しろ。『我々は、地球の文化的価値を認め、将来的には宇宙全体にとって
 貴重な存在になるだろうと予想する。よって、地球排除は時期尚早と判断し、当面調査
 を継続する』とな」
「……隊長!? いいのですか」
「なに、所詮は取るに足りない辺境の星とその調査船だ。適当に報告しておけば、何も
 いわれないだろうよ。それに、こんなところで終わられては、気になって夜も眠れない
 からな」
 マイクを置いた隊長は、エージェントにニヤリと笑いかけた。
 それよりエージェント371、早速だが次の任務を言い渡す。再び地上に降りて、
 『サクラノミコン』の単行本を全巻揃えてきてもらおう」
「了解であります」

 こうして、地球の危機は去ったのだった。