『ループ!』 進行豹 リライト yosita 「なるほど。営業のためなら仕方ありません。 わかりました、よっくわかりました。 大丈夫です。それじゃ次回は、三日縮めて」 受話器を置く。 これで、叫べる! 「三日間縮めろって!? 冗談じゃないっ!!!!!!!!」 いくら駈け出しとはいえど、僕は、れっきとした作家だ。 資料を調べ、現地に赴き、人に会い。 そうして物語を熟成させて、砕いて壊してまとめなおして。 完璧だ! と思って起こしたテキストは、 一晩たてばいつだって、無様で無残で吐き気を催す代物で。 だからまたぞろ切ってひねって貼り付けて、 そうしてようやく、形になってきたかと思えば締め切りが来て。 あと一時間、いや三十分の時間があれば、 もう少しはマシに仕上げられるのにと―― そういう断腸の思いを泣く泣く振り切って、入稿を済ます生き物だ。 「それを三日、縮めろと」 ムカムカしすぎて、 息を吸うのも吐くのも苦しい。 落ち着くために、無理やり言葉を押し出していく。 「……舐めている。としか言いようがない」 営業のためと、理由は確かに説明された。 ド新人に毛が生えたような僕が、 毎月描きおろしのシリーズで新刊を出させてもらってる、 そのありがたさは骨の髄からわかってる。 十何年、下積みを重ね続けてきた日々は声高に叫んでる。 「このチャンスを無駄にするな! これが最初で最後のチャンスだ!!」 わかってる。 そこまで、僕もバカじゃない。 それがわからないワケがない。 「けど……いくらなんでも、三日とか…………」 サイン本を書店さんに送るためには、 どう縮めても三日が要ると、営業さんは言っていた。 製本所からダイレクトで私のところまでで一日。 その日にサインをして、編集部に返送するので一日。 編集部から、必要部数ずつ各書店さんに送るのが一日。 なるほど、三日だ。 一足す一足す一で、三。 いくら文系だって、そのくらいは暗算でわかる。 理系の連中に舐めてもらっちゃ、困るところだ。 「三……日」 書店さんにサイン本をお渡しすれば、 平積みにされ、ツイッターとやらでもつぶやかれ、 宣伝効果が跳ね上がるとも、聞かされた。 宣伝効果が跳ね上がり、それが売上を跳ね上げるなら、 サインくらい、百でも二百でも書こうとは思う。 時間があれば。 そう、時間だ。 サインをするための時間ではなく、 サイン本を仕立てあげるための、三日間。 「…………執筆期間は一ヶ月。 つまり十%の削減を細かく重ねれば済む寸法だ」 いくら文系でも、このくらいまでならぎりぎり暗算でわかる。 理系の連中には、ぜひ認識をあらためてもらいたいところだ。 「睡眠時間を削るか? いやいや、それで質がおちちゃ意味がない。 宣伝効果の高いところに駄作をだしたら、 自分で自分のネガティブキャンペーンを貼るに等しい」 なら―― ああ、考えても正解なんてあるわけがない。 「……とにかくまぁ、書いてみるか」 書くしか、ない。 いつでも、それで乗り切ってきた。 「三日は無理でも、せめて一日。一日は前倒しして入稿しよう」 いやいやダメだ、何とか三日前倒しを……。 諦めちゃダメだ! 諦めちゃ……。 >>>編集部へ 「はい。いえいえいえ! 玉稿、まことにありがとうございます。 一日くらいの遅れ、編集部で吸収しますのでご安心ください。 ええ、もう、どーんと、大船に乗ったつもりで。 はい、はい。ありがとうございます。では、失礼します」 いけません。 編集部内で、大声をあげるわけにはいきません。 「少し、風にあたってきますーー」 先輩たちは、何も言わずに見送ってくださいます。 おそらく、通ってきた道なのでしょう。 わたくしはまだまだ入社3年目の若手。 まだまだ20代の美人 ですので、わたくしもおんなじように階段を登り。 きっとおそらくおんなじように、空に向かって叫ぶのです。 「おばかさんですか! あの先生は!!!!!!!」 ただでさえ誤字脱字てんこもりの原稿しかあげられない、 デビューしてまだ二年も立たない駆け出しが、 なにを! 毎月!! 当然のように!!! 締め切りぶっちぎってくださっちゃってますのですか!!!! はぁーー。 少しはスッキリした……。 「って――」 気分転換したくてきたのに、 職業病、というやつでしょうか。 プリントアウト、持って来ちゃってました。 「うっわ……また、用語不統一ばりばりで」 P42、13行。“言う”って書いてあるのに、 次の行では恥ずかしげもなく“いった”表記にになってます。 “妹”と“いもうと”。 “おにいちゃん”と“お兄ちゃん”と“おにーちゃん”。 ……ご本人に聞けば、 ニュアンスで使い分けてるの、 漢字とひらがなのバランスだなんだとおっしゃっいますけど―― <妹は子猫を抱き上げる。かわいい仔猫だ。 可愛いいもうとの小さな手よりもさらにちいさい> ――なんてもうっ!!!!!!! いくら温厚なわたくしでも、頭をかき蒸しざるを得ませんっ!!! 「あああああああああ!!!!!!!!!!!!」 これにですよ? イライラムカムカに耐えながら、 「用語の統一について確認させていただきたく存じますので、 ご多忙のところ恐縮ですが、下記の構成表をチェックいただき、 修正点すべき等ございましたらご指示たまわれますと幸いです」 なんてメールを書いて、 ものすごい分量の構成表を作って添えて送らなくっちゃいけないかと思うと……ああ、ためいきが出てしまいます。 「 推 敲 し ろ 」 とだけ書いて送れたら、どんなにスッキリすることでしょうねぇ。 あの先生は全く見直しをしてないのかしら? 多少は、多少は編集でもカバーしますよ。 多少はね。 でも、これはひどすぎる! 「ネコでもわかる日本語の書き方入門」でも読めっての! どす黒い何かが、こみ上げてくるーー。 いや、いっそ―― ああ、いけません。 殺意、だなんて本気で覚えてしまったら、 社会人として、人間として、終わりを迎えてしまいかねません。 しかも、また…… チェックは遅いし、明らかなミスな点にもゴネるんですよね、 あの人は。 『“ふくらみかけ”と“ふくらみはじめ”は違う!!!!!』 とか力説をしておきながら…… P151、6行目で、‘ふくらみかけ”てた妹の胸が、 P154,13行目では、回想シーンでもないのに、 “ふくらみはじめ”にもどったりしていやがるんですから。 ……ああ、いけません、いけません。 わたくしがここでグチっていたら、 作業が遅れてしまうだけです。 それにまぁ…… 毎月描きおろしでシリーズ単行本を刊行、 なんて仕事を任されるだけのことはあります、ね。 お話の中身自体は……今月も…… ええ、きっちり、しっかり面白いです。 推敲しない状態でこれだけの作品を作りあげられるのだがら……。 かなりの実力の持ち主であることは間違いない。 これを世に出しそびれたら、 わたくし、編集者をやってる意味をきっと失くしてしまいます、ね。 わかりましたよ、わかりました。 ブラッシュアップ、残さずかけてさしあげましょう。 一日……吸収するのは厳しそうですが、 それでも、ベストは尽くしましょう。 毎月毎月、編集部に泊まり込んでいる、わたくしはーー。 だから、彼氏にも逃げられて……。 くぅぅうううううう。 いやいや、愚痴ばっかり言ってられない。 本、というものは――ええ、そうですとも。 作家と編集者とだけで作るものでは、断じてないのですからね。 >>>印刷・製本所へ 「そりゃもう! 楽園出版様とは長いお付き合いだから。 多少の無理は、もちろん、無論聞きますとも、ええ。 なになに、気になさらないでください。 2日程度の遅れ、 うちの優秀なスタッフが見事解消してみせますとも!」 …………おい、帰ったか? 誰ってお前、 あの極楽とんぼ出版様の青瓢箪編集に決まってんだろ! なーーーーーーにが、 『2日“ほど”遅れてしまってすみません』だ!!!!!! ほどってなんだ、ほどってえなぁ、ベラボーめっ! オレの時計に狂いがなきゃよ、 入稿予定を四十九時間! 丸二日と一時間すぎてやがるじゃねぇか! それをおめぇ、「ホド!」 ってなんだよ。 ごまかすつもりか? それこそ、せけぇにも“ほど”があらぁな! え? あーあー、みなまで言うな、わかってるさ。 オペレーターのお前さんが、 ぎっちぎっちに立て込んでるなぁ、オレにゃあがっつりわかってる。 でもよ、編集の野郎はわかってねぇんだ。 一つの仕事がズレこんじまったからつってよ、 他の仕事をズラすわけにゃあいかねぇっていう、 あったり前のことがよう! レイアウトだ組版だってな、 神経使う、こまけぇこまけぇ、丁寧な丁寧な仕事だってのに。 それをおめぇ、二重がさねでやれってんなら―― そりゃ、メシと眠りの時間を削るほか、なくなっちまう道理だろうよ。 いや、まぁ、オレっちも手伝うぜ。 社長だ社員だ、いってられるような状況じゃあもうねぇからよう。 まして、編集の向こう側にいるお客様にゃあ、 こんな事情は汲んでもらえねぇ。 おかしなミスでもやらかしちまえば、 『なんだこの製本は! 落丁だ乱調だ返品交換だっ!!』 ってなもんで、オレらだけが責められちまうもんだからな。 ……プロとして、恥ずかしくねぇ仕事はするさ。 そらぁする。 そこまげちゃあ、職人だなんて恥ずかしくって言えなくならぁな。 例え、ぶったおれることになろうと―― そこだきゃあ、きっちり果たして、 それから前のめりに倒れてやらぁさ。 だからよ、すまねぇがもう少しだけ付き合ってくんな。 給金の方も、色ぁつけるぜ。 なぁに、オレの酒を三日に一度にへらしゃあそれですむことさ。 しっかし……そこまでやってもなぁ。 二日の遅れを取り戻すってな、 こらあ……なぁ……どう考えても、無理だぁなあ。 え? ああ、そうだな。こうしてる時間がもったいねぇや。 とにかく、手から動かしてこう。 ウワサにゃあ聞く奇跡ってのも、 動いて始めて起きるもんだろうからよ。 期待しようぜ、その奇跡っヤツをさ! >>>営業部へ 「ええ、ええ。あははー。 弊社編集部がご迷惑をかけた結果のことですしー。 ええ、わーかってますともー。 はいはい、書店さんにはきっちり発売日にまわりますし、 セーフっていったら、セーフな範囲ですからー、 いや、これ、ホントのハナシで。 じゃ、そういうことでー。 ええ、らーいげつもよーろしくお願いしちゃいますねー あははー」 ……ふぅ、 っと、たーめいきついちゃうなんて、おねーさんらしくないですねー。 いやしかし。 今月もですか! おねーさん、ちょーっとだけまいっちゃいますねー。 わーかってるんでしょうかね? くちじゃ、わーかってるっていってまーすけどねぇ。 わーかってないんでしょうねぇ、やっぱり。 結果を見ると。 営業がどーんなに大事で、 作家生命を左右しちゃうのかーっていうことが。 おもしろくってー、それでも うもれまくっちゃってるものがー、 どーーーんなに世の中たくさんあるか、 あのせんせー、きっとぜんぜん、しらないんでしょーねー。 「面白い物を書けば、評価は必ずついてくる!」 なんて。 ねー、あのぼーや。いかにも、真顔でいっちゃいそうですしー。 あははー、 お ば か さ ん。 おもしろいものを、おもしろいって知ってもらうそれだけのことが、 どーんなに難しくて果てしないことなのか。 読んでくださるみなさんが、 どーんなにあきっぽくてわすれっぽいのか。 すこしは想像してくれちゃうとー、 いろいろきっと? かわってくるーとか、 おねーさん、おもっちゃったりするんだけどねー。 でも、ま。 ぼーやだもんねー。 せんせーはそうはいかないんでしょーねー、きっと。 自分の話をおもしろくする。 ただそれだけに、ありったけの想像力? ぜーーーんぶのこさず、つぎこんじゃったりしちゃうんでしょうねー。 ……そうじゃなきゃ、おもしろいものもできないのかな? おねーさん、その辺はわかりませんねー。 だーって、さっかさんじゃないもの。 けど……ね? だーかーらーこーそ! 甘やかしたりしてあげないんですねよ? これがまた。 あと三日早くあげてもらってー、 サイン本つくってー、書店さんにーおいてもらう。 これさえできれば、 いままでと違う読者さん、獲得できる可能性、 ばーんとあがっちゃうんだからー! いや、これ、ホントのハナシで。 だから、おねーさん、せっつくよー。 せっついちゃいますよー。 せっつきまくっちゃいますよー! むつかしいことばでいうとー、慇懃無礼? こっちがぺーこぺこ謝って、 なのにむこうがー、どーんどんくるしくなっちゃうかんじ? これ、営業の――おねーさんの大得意だからねー。 それじゃ、電話しちゃったりするけれどー せーんせ? 投げ出しちゃたらダメなんだからねー? 結局、せんせが書かないと、 おねーさんも、ほかのみんなも、 みんながみーんな、 大好き仕事をできなくなっちゃうんだから。 そればかりか、食いっぱぐれしてしまうのですよ。 いや、これ。 ホントにホントなホントのハナシで。 さー、せんせーへ電話しますよー。 >>>作家へ