■  今年の主演は赤江ちゃん! ■ 

~2017 沢井夏葉お誕生日祝いショートストーリー~

作:進行豹 


「ねぇねぇお兄ちゃん! 開けてみていい?」

「って、夏葉、家までまてないの?」

「待てないよー!
夏葉、ものべののおうちに電話してみたいし」

「なるほど、それは面白そうだね。
でも、電話は電車を下りてから。
バスの中では、使い方を覚えるだけにしておこう」

「はーい!」

良い子のお返事。

同時に夏葉は、
ショップのお姉さんが綺麗に直してくれたばかりの箱から、
そうっとそうっと、真っ白くひらべったいボディを取り出す。

「これが――夏葉の」

「そうだよ、夏葉のスマホだ」

「すごいすごいすごい! 夏葉、かんどー!!」

「ずっと欲しがってたものね」

「それもだけど! もちろんだけど!
さいっこーのお誕生日プレゼント、
おにーちゃんどうもありがとうなんだけど!」

「うん?」

「それだけじゃなく、初めてのスマホ屋さんにもかんどーしたの!
ジュースただででてくるし、おねーさん美人さんでやさしいし! 犀玉はやっぱりトカイだね!
ものべのは、きっとまだスマホ屋さんないもんね!」

「ああ――」

夏葉の世界は狭いのだなぁ、と、
その一言に思ってしまう。

考えてみれば、犀玉のアパートとものべのと病院と、
それぞれの学園とが――夏葉の世界のほとんど全てだ。

「茂伸には流石に出来てないと思うけど、
大土地からバスにのって、土佐山田にまでいけば、
携帯屋さんはあるはずだよ?」

「そーなの!? けっこー凄いねトサヤマダ!
でも、トサヤマダのケータイ屋さんだと、
スマホはうってないんじゃない?」

「いや、売ってるだろう。
まったく! 夏葉は土佐山田をどれだけ田舎だと思ってるんだ!」

「きゃあ!」

ふさけて、ぶつふりをしてみせたなら、
夏葉もおどけて体をすくめる。

「そんな悪い夏葉にはおしおきだぞ~!!」

「おしおきや~ん!」

夏葉の頭をくしゃくしゃ撫で

「って!? それはほんとにヤダってばおにいちゃんっ!、
髪の毛、せっかく赤江ちゃんに綺麗にしてもらったのにっ!!」

「え? あ、そうだったのか。ごめんごめん」

途端に、夏葉がぷくーっと膨れる。

「くしゃくしゃにされるのもやだけど、気づいてなかったのがもっとイヤ! 
夏葉、お誕生日だからきれい~に編み込みしてもらってるでしょ?」

「ああ――」

言われてようやく気づくとは……
まったく僕は、兄失格だ。

「本当だ。良くにあってておねーさんっぽい。
とってもかわいいよ、夏葉」

「えっへへ~」

にっこり笑って、
けれどもすぐに夏葉はぶんぶん首を振る。

「いけないいけない! 
ほめられたからってすぐに喜んじゃったら、
こどもみたい!
もっとカケヒキ! オトナのオンナはできないと!」

(ああ……赤江ちゃんに妙なことでも吹き込まれたのか)

お姉さんらしい顔を見せてくれたと思えば、
一瞬あとには、背伸びするこどもに戻ってしまう。

外見相応、年相応――
そんなことさえ、今はしみじみとありがたい。

「あれ? どうしたのおにいちゃん。
ヘンな顔して」

「ヘンな顔ってことはないだろ。
ちょっと、物思いにふけってただけさ」

「モノオモイって? どんな思い?」

「うん――」

せっかくのお誕生日で、外出日だ。
病気のことを、不用意に思い出させたくはない。

「……夏葉と一緒に、
もっといろんなところに出かけたいなって思ってたんだ」

「いろんなとこ!? どんなとこ!!」

「犀玉よりもずーっと大きな都会とか、
茂伸のよりもさらに奥深い田舎とか」

「新宿とか!? 東京とか!?」

「もっともっと! ニューヨークとかロンドンとかさ!」

「外国! すごい! 夏葉いきたい!!」

いってこっくり、夏葉は大きくふかく頷く。

「そっか――外国かぁ。外国なら、
ものべのよりもスゴイいなかもきっとあるねー」

「いや、日本国内にもあるだろう。
北海道の山の方とか、九州・沖縄の島しょ部とか」

「北海道! 沖縄! すごいすごい!
夏葉、どっちにもいってみたい!!」

「うん。行こう。
……おにーちゃんがもう少し、お金持ちになったら」

「わーい! 夏葉、そのときまでに病気!
すぱぱーんって治しちゃうから!」

「うん。そうだな! そうしよう!」

「おーーっ!!」

……余計な気づかいなど必要なかった。
夏葉は、IAGSから逃げてない。

病気を、今の自分の一部としっかり理解し、
目をそらさずに、向き合っている。

「けど――そんな遠くまでいくんだったら、
夏葉、ちょっとだけ心配かも」

「心配って、なにが?」

「お兄ちゃんはそうじゃないけど、
夏葉、ちょっとだけホウコウオンチでしょ?
もし、そんな遠くでお兄ちゃんとはぐれちゃったら」

「大丈夫。そのためのスマホだろ?」

「そっか!! 電話しちゃえばいいんだね!
そしたらお兄ちゃん、夏葉をむかえにきてくれるもんね」

「だけじゃなく、スマホの中には地図がはいってるし、
GPSで現在位置を確認できたりもしちゃうから」

「なにそれなにぞれ! スマホすごい!
お兄ちゃん教えてっ!!
夏葉、しりたい! 使い方!」

「もちろんだ」

まずは、LINE。

夏葉にアカウントをつくってあげて――

「わ! すごい! おにいちゃんが友達になった!
ヘンなの! おにいちゃんなのに友達だって」

「これで、夏葉と僕はいつだってただで電話できるよ?」

「すごいすごい! かけたいかけたい!!」

「それは、電車をおりてから」

「っていうかさ、おにいちゃん!
それならすみちゃんにもLINE――あ」

「うん。それは無理だ。
すみにスマホをつかいこなさせるのは、
しゃぐまを黒く染めさせるのと同じくらいに難しい」

「わ! ぜったいむりっ!
あ、けど、なら、ありすちゃんなら!?」

「ああ――そうか、その手があるか。
有島家なら、wifi環境も整ってるはずだし」

「わいふぁい?」

「電波がちゃんと通じるってこと。
うん。それはいい考えだ。
なら、早速僕のLINEアカウントを」

「あ!!? えと! それはいいよお兄ちゃん。
夏葉! 夏葉がありすちゃんと友達になるから!」

「そっか」

……とてもかわいく、とてもわかりやすい独占欲だ。

「それじゃ、そっちはよろしく頼む。
僕は、尚武さんとアカウント交換しておくよ。
いや、もっと早くやっておけばよかった」

「なおたけおじちゃんと――って、
あ、そっか、そうだよね」

「うん。そう。そもそも僕がスマホとかLINEを始めたのも、
南雲先生に言われて、情報交換をスムーズに行うためだったから」

「そっかー、LINEは便利なんだねー」

しかつめらしく、夏葉がうなずく。

「ほかには? さっきいってた地図とかはどうやるの?」

「はいはい」

マップに、電卓、カレンダー。
カメラ、ミュージックプレイヤーに、ボイスレコーダー。

夏葉が使いそうな機能を順番に教えていく。

「わ、すごい便利!
えへへ、よーし! 『おにいちゃん、だいすき!』
で、再生!!」

『おにいちゃん、だいすき!』

「あはは、うれしいな。
あとでデータ、僕にもおくっといて」

「そんなことまでできちゃうの!?」

「うん。LINEでもできるし、
あとは、あ、そうか、メールアドレルも作らないとね」

「すごい――すごいスマホ!
なんでもできちゃう!」

「なんでもはいいすぎだけど、
まぁ、かなりのことはできるね」

「ほんとだねー! あと、ビデオもとれたら
さいっこーだったのに!」

「あれ? カメラのとき説明しなかったっけ?
とれるよ? 動画も」

「ほんとほんと!? とり方おしえてっ!」

「基本的にはカメラとおんなじ。
写真ボタンじゃなくって、こっちのムービーボタンを押せば――はい、夏葉さん、本番です!」

「え? なに? もうとってるの? あわわわっ、
『えと、すみちゃん、飛車角ちゃん、みてる!?
いまね、夏葉へ、夏葉のスマホで、おにーちゃんにとってもらってるんだよ!
いいでしょ! ばいばーい!』」

「もう終わり? はい、オッケ。
じゃ、再生してみよう」

「わ――――ふわ――
わわわわわ!
すごいね、写真で見るのとやっぱりちがうね――
夏葉、こんなにこどもっぽいんだー」

「まぁ、照れてあわててるからだよね。
ちゃんとおすまししてると、
夏葉もなかなかおねーさんだよ?」

「もー、おにーちゃんったらほめじょうずなんだからー」

ああ、ますますこどもっぽい表情だ。

かわいらしいし、おもしろい。
本当にくるくる変わって、見ていてあきない。

「けど、よかったー、どうしようかって、
ずっとなやんでたからー」

「え? なやんでたって……なにに?」

「あのね? 
去年、夏葉、ねこひめにゃつはになったでしょ?」

「ああ、院内学級の学芸会」

「あれ、赤江ちゃんのママがビデオとってて、
夏葉たちにもDVDくれたでしょ?」

「うん――ああ、そうか! 今年の主演は」

「そうなの。今年のショー、
『まいてう』のしゅえんじょゆーは赤江ちゃんだから――
夏葉は、今年はおやすみだから、
だからできたら、おかえしにビデオとってあげたいなって」

「そっか――それなら、録画、ちゃんと練習しないとな」

「うんっ! えへへっ!
とっても素敵なお誕生日プレゼント、ほんとにありがと!おにいちゃん!!」

(ちゅっ)

夏葉のキスが、僕のほっぺたをサっとかすめる。

今の夏葉を撮っておきたかった――
そう思うわざるほどを得ないほどの、素敵な笑顔で。

「夏葉、おかげでなれちゃった!
ショー録の、おねーさんにっ!!」


;おしまい