【昼間、屋外、ロケ隊、事故現場】 +TVの生中継っぽさを強調したカット 「以上、現場より、キャサリン・セイワーズがお伝えしました」 「はい、オッケー」 「何をやっているんだ、何をっ!」 +画面切り替え、中継現場の全景、またか、といううんざりした空気  中継スタッフたちの視線の先には、二人の男。 アフリカ系の中年男性と、それよりは若い白人の目深に帽子をかぶった小男。 小男 「何って、撮影ですが」 中年 「何を撮ってるっ! それがお前の“報道”か!」  男、ハっとしたように自分のカメラのモニターを見る。 そこには、現場背景の滝にかかった、小さく鮮やかな虹が映っている。 中年  「誰がそんなものを撮れと指示した、ジョン。       お前は何か、芸術家か?」 ジョン  「いえ……そのっ――」 中年  「この現場を仕切ってるのは誰かわかってるのか?」 ジョン 「それはもちろん、あんたです。クロードさん」 クロード「わかってるなら、指示に従え! チームで番組をつくってんだぞ!!      いつまでも過去にすがって、映画の撮影監督気どりじゃ」 ジョン 「っ!?」 クロード「なっ」 ?  「へぇ! こんなに可愛い虹が出てたんだ、気づかなかった!」  ジョンの表情が硬くなり、空気に緊張が走ったその瞬間に長身の男が割りこんでくる。 長身 「凄惨な殺人現場に、可憐な虹!     ジョン、確かに、こりゃあ映画的だねぇ。ちょっと報道じゃ比喩的すぎだ」 クロード 「(あきらかにホっとして)なんだ、デイビット。お前まで監督きどり」 ディビッド「いえいえ!? 監督は局長! もちろんご指示に従いますとも!」 + 言って、デイビットが指さすのは、うんざりムードのスタッフたち デイブ  「みんな、ご指示を待ってますしね」 クロード 「(ニヤリ) 撤収、撤収だ! さっさとやれよっ!」 + 撤収の喧騒、全体が動き回る画面の中、ジョンとデイビットだけが立ち止まっている。 デイブ 「いい対比だけどね、実際」 ジョン 「偶然だ。特に撮ろうと思ったわけじゃ」 デイブ 「偶然、ね?」 + デイブ、カメラを操作し、ズームを1.00(等倍)に。と、その虹が、点のようにしか  映らない、本当に小さな、普通な見逃すものだとわかる。カメラ電源、ブツリと落ちる。 ジョン 「撤収だろ」 デイブ 「(やれやれ、と肩をすくめて立ち去る)」 + ジョン、アップ。一瞬、虹の方を見て、帽子のつばを深く引き下げ、顔を隠す。 --------------------------------------------- 【ジョンの家、夜】 + 郊外の一軒家。ロング + その家の中、高校生ぐらいの息子とその母親が、映画を見ながら楽しそうに談笑している + 窓の外から乱暴なエンジン音。母親 ビクリ、息子 心底イヤそうな顔 母 「お父さんだわ」 →ほとんど無意識にリモコンでTVの電源を切る    + 郊外の一軒家、外。ガレージに、車(荷物が積めそうで、しかし家族向けでは無い車種。ジープとか?)が乱暴に突っ込まれる。  + 無言で降りてくるジョン、何もいわずに家の鍵を開け、ドアを開く。 + 開くドア、やや遅れてパタパタかけてくるさきほどの母(=ジョンの妻)。 妻   「おかえりなさい、あなた」 ジョン 「ああ」 + 妻、にこにこしてはいるが、どこか怯えているようにも見える。 妻   「あの……お食事は?」 ジョン 「すませてきた」   <廊下の奥から、大音声のTV音声が響いてくる ジョン 「!」 <無表情から一変、極めて不愉快そうな表情に + ジョン、どかどかと廊下を進む。妻、怯えたように叫ぶ 妻   「マイケル! TVを消して部屋にっ、あなた、待って!」 ジョン 「どくんだキャサリン、毎日毎日映画ばかりっ」 マイケル「映画の何が悪いんだよ」 + マイケル、自分から廊下に出てきてジョンと対峙する (TV音声は変わらぬ音量   マイケル 「いいだろ、やることやって 好きで映画を見てるんだ。       仕事の一つもこなせない父さんに とやかくいわれたくないね」 キャサリン「マイケルっ!」 ジョン  「……下らん映画で、下らん台詞をおぼえたものだな。       それがお前の『やること』か?」 マイケル 「ちゃんとやってるっ! ハイスクールでも、バイト先でもっ!!       僕は父さんとは違うんだっ! どこでだって、みんなと上手くっ」 ジョン  「なら、『ここでも』上手くやるんだ。ルールを守れ。ウチの中では映画を見るな」 + マイケル、怒りで真っ赤な顔になる マイケル 「父さんのことはウワサになってる!       デイブおじさんに迷惑ばっかりかけてるって!       仕事場のっ、TV局のルーもを守れてない人にっ」 ジョン  「『僕は父さんとは違う』んだろ? お前は、ルールを守るんだ」 マイケル 「〜〜〜〜っ!」 マイケル、そのままジョンの傍らを乱暴にすりぬけ、階段を上っていく。 + ジョン、振り向く(ジョンの背中を目で追う)こともせず、   苦虫をかみつぶしたような表情になり、帽子のつばをグイっと下げて、   何も言わず部屋に入ってTVを消す。 + その仕草に、キャサリン、悲しそうに下を向く。   が、部屋からジョンが出て来たときに、けなげに顔をあげ笑顔をつくって キャサリン 「あの、それじゃお酒でも」 ジョン   「明日は早い。もう寝る。朝食もいらん。起きなくていい」 キャサリン 「……はい、あなた」 + ジョン、帽子をかぶったままで、シャワールームに消えていく + 水音。キャサリンはとぼとぼとキッチンに戻り、二人分用意してあった食事の、自分の分をもそもそ食べる。 + スープに、ぽとん、と涙が落ちる。 --------------------------------------------- 【早朝、ロケ隊、中継現場】 + 都市、超高層ビルの前、テキパキと準備をしているロケスタッフと、  その中で一人のたのた、あくびまじりに機材をセッティングしているジョン + 繰り返し、周りのスタッフとぶつかったり、物を落としたり、細かな失敗を重ねるジョン。  中継開始までの残り時間が無い中、その影響で遅れる準備、イライラの募るスタッフ、   + 大あくびをし、眠気を払おうとするように首を振り、アシスタントスタッフにコーヒーを貰うジョン。  「さて」と振り返った瞬間、中継の主役であることが一目でわかる女性リポーターに、   そのコーヒーをひっかけて、衣装を台無しにしてしまう + すっ飛んでくるクロード(上司)、大激怒 クロード 「まともな仕事もできん上、他人の仕事の足までひっぱるってのか、お前はっ!!!!」 ジョン  「……………いえ…………………………すみません」 クロード 「もういい! このカメは他に任せるっ!! お前は先に帰ってろっ!!      おい、ヒース、ヒース、来いっ!」 + さっきコーヒーを入れていたアシスタントスタッフが、ジョンのカメラの前にすっ飛んで来る。 + ジョンを完全に無視し、忙しく打ち合わせを始めるデイブとヒース。   + ジョン、帽子を深くかぶり、しばらく立ちすくんでいる。   やがて、のろのろと歩きだし、無人のロケ車の運転席に入りこみ、カーラジオをつける。 + 流れるカーラジオ。  シートをリクライニングさせ、横になり、目をつぶるジョン。昨晩の出来ごとを思い出してしまう。   脳裏に浮かぶ、さげすんだような、憐れむようなマイケルの冷たい目。 + カーラジオ 「さて、お次は今週の注目映画」  ジョン    「くそっ!」 + ジョン、横になったままカーラジオのスイッチを蹴りつけようとする、  が、その足は先にハンドルに触れてしまう + ロング、(画面切り替え)中継現場 衣装を変えた女性キャスターが真剣な面持ちで中継をしている背後に、  『ぶーーーーーーーーーーーーーーーー』っと大音声のクラクション + クラクション音で掻き消されるが、クロードが真っ赤な顔をして、中継台本とヘッドセットを地にたたきつける。口の形は 「ジョンっ!」と叫んでる。 --------------------------------------------- 【TV局・夕方】 + 報道局内でジョン、デイブと女性キャスターとに、ガンガンに叱りつけられている。  (デイブは他の仕事に出ているのか、不在) + 始末書を提出するジョン、乱暴に受け取るクロード。 クロード「カメラがイヤなら、希望を出せ。     お前をクビにする権限は残念ながら持ってないがな、     局内での配置換えなら、いくらでも希望に沿ってやる」 + ジョン、うつむいていた顔を上げる。  疲れ切ったその顔に、あきらめのような安堵のような顔が浮かんでいる。 クロード「ならっ――(口を開き、何かをいいかけ、しかし言葉が出てこない)」 + ジョンの指が、小刻みに震えている。クロード、憐れむように クロード 「家に帰って、よく考えろ」 キャスター「いい? 私たちはチームで番組を作ってるのよ? 真剣勝負をしてるのっ!       やる気が無いならっ」 クロード 「打ちあわせの時間だ、レイシー」 レイシー 「とにかく、これ以上足を引っ張らないでっ!」 + デイブとキャスター(レイシー)ジョンを置いて立ち去り、会議室に移動する。  他の局員も大方すでに移動しているのか、室内はガラン、としている + ジョン、とぼとぼと部屋を立ち去る + 1Fエレベーターのドア、開く、中からジョンが出てくる。   ビルの外への出口からは、夕日が差しこんできている。   + ジョン、エレベーターを一端おり、出口に向かって歩き出しかけ……   けれど立ち止まり、とぼとぼとエレベーターの中に戻る +  会議室、制作会議中。       積極的な会議を進めるスタッフたち。    その片隅にぽつんと、帽子を深くかぶったジョンが、うつむいたまま座り、孤立している。       --------------------------------------------- 【深夜、バー】 + バーのドア、とても小さな店、裏路地 + ドア、誰かの手によって開けられる + その誰か目線、カウンターで一人飲んでいるジョンの帽子(後ろ姿)を見つける + 「こんばんわ」   と、その誰かいい、ジョンの帽子を持ち上げる + カメラ、カウンターの内側から (ジョンたちの正面側)   帽子を撮られたジョンの隣のスツールに、ジョンの帽子をかぶったデイブが座る。 + バーのマスター、注文も聞かぬうちから、デイブの前にグラスミルクを出す。   丁度グラスを開けたジョンには、何も聞かずにソルティドッグのお代りを出す。 + デイブ、チラっとマスターを見る マスター、無言で四本の指を立てる。  デイブ、ほっと安心したように、ちびちびミルクを飲み始める。 + ジョンもデイブも何も言わない。  マスターがジョンにおかわりを出すたび、デイブは机の下で指を折る(4→5→6) + マスターが8杯目を出す。ジョンがそれに口をつけたようとした瞬間デイブ  デイブ 「二日酔いになるぞ?」  ジョン 「あ―― ああ」  + ジョン、かなり酔い、とろんとした目になっている。  ジョン 「お前、いいのか?」  デイブ 「ん? 何がさ」  ジョン 「明日だ。早いだろうに」  デイブ 「ああ」 + デイブ、笑顔に (自らの仕事スケジュールをジョンがおぼえていたことが嬉しい)  デイブ 「送ったら、すぐに戻るさ」  ジョン 「切り上げろってことか? はいはい」 + ジョン、デイブの頭から帽子を取り返し、浅くかぶる。財布から札を出し、カウンターに置き  ジョン 「……すまんな、上手くやれんで」  デイブ 「そういう時もあるさ」 + デイブ、店のドアを開けながら  デイブ 「そうじゃない時もあるしね」  ジョン 「…………」 + ジョン、帽子を目深にかぶり直す。  デイブの車の助手席に乗る。  デイブ 「寝ていいよ。落としていくから」  ジョン 「ああ」 + ジョン、目を閉じる。デイブ、カーラジオを入れる、小さな音で、穏やかな曲が流れ始める。 + 暗転 --------------------------------------------- 【その1〜2時間後、ジョンの自宅】 ( 画面、暗闇のまま ) + 家電がけたたましくなる    + 廊下をノタノタと歩く音 + 電話に出る女性 「はい…………はい………………えっ!?」 + 女性の叫び 「あなた! ジョン!! あなたっ! デイビッドさんがっ!!」 + ロング。どこかの道路上で事故車が激しく炎上している。