創作者さん向け団体見学互助会(だんご会)
2013 08/30「内浦漁業協同組合 漁業探検コース」 団体見学実施報告 (進行豹)



<はじめに>

気の利いた旅行雑誌に乗っているような
「あ、行ってみたい!」と思わせる類の、かつエレガントに短くまとまった旅レポを書きたく思いました。

しかし、「普通に無理」だったので、いつもの調子で書きます。



■ 出発前夜 ■

2013/08/29 16:00。
進行豹は上機嫌だった。

「今月分のお仕事は全部終わったし。
明日の内浦行の準備も、
あと 『見学のしおり』を作るだけで満了するし。
ちょっと、今日はかなり余裕あるなぁ」

余裕は、ときに人を賢者へと変化させ。
そうでなければ、人を愚者へと落としこむ。

その日の進行豹に取り付いていたのが、
はたしてどちらの類の“余裕”であったか――

「きっぷきりが欲しい」

不意に、進行豹にそんな考えが取り付いたのだ。

きっぷきり。
改札鋏。
自動改札が一般的なものとなるまえ、
改札口で使われていた、
人が、人の手で、切符に入鋏するための道具。

ちなみに、入鋏は、
「にゅうさ」ではなく、「にゅうきょう」と読む。

その知識を進行豹は、
2013/08/24に開催された、
西武鉄道の電車イベント、
「南入曽車両基地電車夏まつり2013」での
入鋏体験を通じ、仕入れていた。

「明日は、たくさんの人とお会いする。
お名刺をお渡しする機会も多い。
そのとき、お名刺の端にパチっと入鋏してからわたせば、
きっと、 『電車のきっぷみたいだ!』と、
みなさん喜んでくださるに違いない」

そこまで考えがいたってしまえば、物欲はもう止まらない。

きっぷきり売っている可能性がありそうな、
ご近所の古道具屋さん。

進行豹は、そこまでてくてく歩き始めた。

 

「きっぷきりってありますか?」
「無いね」

二秒で会話が終わってしまえば、
とぼとぼ帰路をたどるしか――いや――

「確か、川越線の踏切の方にも古道具屋さんがあった筈だ」

――ならば、そこへ。

再び元気を取り戻した進行豹の足取りが、
けれども、ぴたりと止まってしまう。

(――――――)

「?」

なにか、聞こえる。

「ミィイイイイ、ミィイイイイ、ミィイイイイイ」

「っ!!?」


声だ。
子猫――赤ちゃん猫の悲鳴。

思わず、声の方を見る!

「ミイイイイイイイイっ!」

「うわ」

金切り声。
必死の悲鳴。

それを絞り出せていることが奇跡ではないかと思えるほどに、
その赤ちゃんネコはボロボロだった。

(あ、これ、お母さんとはぐれちゃったか、捨てられたかだ)

目やにびっしりで目も開けられず、
足が曲がって、まっすぐ立つことも難しそう。

このまま放置しておけば、ほどなく死ぬのは目に見えていた。

「あの……この子猫なんですけど、飼い主さんとか、
お母さん猫のこころあたりは――」

近くの家のおばさんに、おばあさんに聞いてみるも、
「知らない」「わからない」という返事しか帰ってこない。

(ひとまずは保護しよう)

進行豹は手のひらの上に赤ちゃん猫を乗せ、
そのままドラッグストアへ向かい、
赤ちゃん猫ようのミルクとスポイト、脱脂綿とを購入する。

そして、帰宅し――

ミルクをあたため、スポイトで飲ませようとし果たせずに、
やむなく、脱脂綿にすわせしゃぶらせる。

「…………」

しゃぶる勢いさえも、弱い。
脱脂綿を絞る指には、吸ってもらえぬミルクがどんどんと絡みつく。

(これは……手に負えないかも)


――TELLLLLL――

「っ!!!?」

電話だ。

なんでまたこんなときにと悪態をつきつつ受話器を取れば、
その向こうからはのんきな声が響いてきた。

「あのさー、
内浦の紹介ページ、なんか意味不明な記述があるんだけど」

「狩野さん! ちょうどいいところに」

「えっ? なに、なんかあった??」

 

狩野は、常に犬猫とともに育ってきた男だ。
赤ちゃん猫の育て方についても当然に、進行豹よりよほど詳しい。

「あのね、ネコ拾っちゃったんだ。
死にそうな赤ちゃんネコ」

「死にそう? って、連れてこれる?」

「うん、出来ると思う」

「じゃ、すぐ連れてきて」

「わかった」

 

ダンボール箱を用意して、古いTシャツと脱脂綿を詰める。

湯沸し器から40度のお湯を出し、ペットボトルにつめて布でつつんで、
ダンボールの端にしつらえる。

赤ちゃんネコをダンボールの中にそっと寝かせて、
ミルクをバッグに詰め込んで――進行豹は、狩野の仕事場へと向かう。

 

「ああ、これはつきっきりで見ないとダメだ」

「やっぱり」

"つきっきりで見ないとダメ”ということは、
"つきっきりで見ていてさえも助かる保証などない”ということと、ほぼ同義だ。

(どうしよう――どうすれば)

時刻は、22:00を過ぎている。
明日の出発は、地元駅を05:10。

動物病院やペットホテルは開いていない。

仮に無理やり開けてもらったとしても、
この状態の赤ちゃんネコを、はたして預かってもらえるものか……

「僕が残るよ。ネコ見とく。
君は安心して内浦に行ってくるといい」

「えっ!? でも――」

内浦漁港への団体見学には、
当然、狩野も向かう予定になっていた。

進行豹が重ねようとする問いを遮り、狩野はあっさりと言い切ってみせる。

「僕が残った方がネコが助かる可能性が高いし、
君がいった方がいい取材ができる可能性が高い。適材適所だよ」

「……わかった」

断言されれば、進行豹にも理解できる。
他に、選択の余地はない、

ならば、決断も行動も早めた方が、きっと良い結果につながるだろう。

 

「じゃ、ネコは任せた。
わたくしは帰って、『見学のしおり』を完成させてから寝る」

「わかった。いい取材してきてね。
あと、みなさんによろしくと、参加できなくてすみませんって」

「伝えとく」

 

帰宅し、PCを立ち上げる。

一心不乱に『見学のしおり』を整え、打ち出し――
全ての準備が終わったときには、日付が変わる十分前になっていた。

「寝よう」

携帯のアラームを04:00にセットし、進行豹は布団にもぐる。

赤ちゃんネコは、狩野に任せた。

自分に任された仕事は取材――ならば、それをやりきるのみだ。

(しっかりぐっすり眠るんだ。、
明日の団体見学――絶対に楽しく、実りあるものにするために)

何度も自分に言い聞かせるうち、進行豹は、眠りに落ちる。




(保護翌日の赤ちゃんネコ / 撮影:狩野蒼穹)


■ 出発 - 三島  ■

明けて八月三十日。

四時にセットしたアラームが鳴るのを待たずして、
03:00に進行豹は目覚めてしまった。

「東上線で寝ればいいか」

電車旅とは、乗り越しにさえ気をつければ、
すなわち、下車駅着の10分前にアラームさえを仕掛けておけば、
「いつ寝てもいい」旅である。

進行豹はそのまま起きだし、旅荷の中身を確かめなおして、
受話器を手に取り――しかしかけずにまた戻す。

「漁協さんは営業時刻前で、キャンセル一名の連絡はまだ出来ない。
ネコは任せた以上、なにかあったら狩野さんの方から連絡もらえるはずだ」

今、自分にできることは、万が一にも途中でバテたりしないよう、
しっかり食べて、準備を整えておくことだけ。

そう決意した進行豹は、手早く朝食を摂り、摂り終えればすぐ駅へと向かう。



東武東上線新河岸駅。、
そこが、進行豹の起点駅である。

朝五時前の新河岸駅はまだ人気も少なく、
券売機のシャッターが開こうとする音だけが、きゅるきゅるきゅると響いいている。

「まずは、川越できゃなさんと待ち合わせだ」

きゃなとは、進行豹の所属する不機嫌亭ゲーム班という同人ゲームサークルの、
「物理制作チームチーフ」でもある、ガレージキットディラーだ。

川越で彼と合流し、それから新宿→三島→現地でそれぞれ参加者さんと合流し、
全員で内浦漁協へ向かう――というのが、当日のプランだった。

「川越-新宿から青春18つかった方が安いけど、東上線つかった方が圧倒的に早いからなぁ」

05:11下り、小川町行き。
すなわち東上線下り始発に乗り込んで、05:14に川越へ。

05:20にきゃなと合流し、05:27川越発の東武東上線急行で池袋へと。

まだがらがらの座席に着けば、そこでようやく進行豹は、
きゃなの顔色が優れないことに気がついた。

「どしたの? 大丈夫?」

「ちょっと乗り物強くないんで――電車の長時間と船が不安で」

「そっか。なら、寝てくといいよ」

親切めかしてきゃなにいい、
進行豹も、自分自身の睡眠時間を補充する。



05:58 池袋着。

青春18、2券面分はここから使用でJR山手線に乗り換えて、
06:05-06:13で新宿に。

新宿駅西口地下、スバルビル前で待てばほどなく、
この地点での合流相手、
不機嫌亭ゲーム班 音楽担当 桜崎みなも と
たんすかい yosita とがやってくる。 

待ち合わせ指定時刻の07:30まで、まだ20分近くある。

「こりゃあいい! この時間に揃えるんなら、一本早い電車に乗れます」

いいざま、進行豹は自分のバックパックから、JR時刻表をさっと抜き出す。

「持ち歩いてるんですか、それ」 
「っていうか、狩野さんは?」

yositaの問いには、「旅行のときには」と常識的な答えを返し、
桜崎の問いには「ネコをひろって」と事情説明し。

そうしながらも進行豹は、東海道本線(東京-熱海)のページをさささと開く。

「07:34-09:24の熱海行きに乗る予定でしたが、これを07:19-09:02のに変更しましょう。
そうすると、09:37-09:50予定だった乗り継ぎしての三島行きを、09:17-09:32に早められます」

新宿で時間をつぶすより、目的により近い三島でのんびりした方がいい。

ごく当然の発想からか、進行豹の提案は、すぐに三人の同意を得る。




「じゃ、まずは東海道本線です」

東海道本線07:19熱海行きは、本来のホームではなく、8番、臨時ホームから。
案内放送があるまでその事実に気がつけなかったという失態をおかすものの、
四人は無事に、同じボックスシートにつくことが出来た。

「やれやれ、これで一安心」

東海道線が走り始めれば、自己紹介が自然、はじまる。

「yositaです。たんすかいというサークルで同人ゲームを作ってます」

「きゃなです。ガレージキットとか作ってます」

「桜崎です。音楽やってます」

どんなものを作っているだの、どんなジャンルに興味があるだの。

そうした話題の合間にふっと、きゃながごく何気ない世間はなしを織り交ぜる。

「そういえば、yositaさんってどの辺におすまいなんすか?」

「この春から東上線沿線で」

「「「マジですか!!!」」」

yosita以外の三人もまた、東上線沿線の住人だ。

思いもかけぬ奇縁に話は加速していく。

「それじゃ、東上線同盟の結成ですね!」

かくて、たんすかい-不機嫌亭ゲーム班間に”東上線同盟”が締結される。



そうこうするうち電車は熱海へ。
ここで当然、乗り換えである。

「熱海からは、東海道本線に乗り換えです」

進行豹の案内に、yoistaがハテと首をかしげる。

「あれ? 今乗ってたのも東海道本線――」

「熱海-函南の間でJR東日本とJR東海との管轄が切り替わるのです。
のでので、ここから先は、JR東海の東海道本線に乗り換えなのです」

「「「へーぇ」」」

ちなみに、JR東海区間は、なんか駅うどんのツユが甘い。
狩野受け売りの豆知識などを披露しつつ、
09:17熱海発の東海道本線・富士行きに無事乗車する。

熱海から三島までは、間に函南、ひと駅を挟むだけの短さだ。

「無事に三島につきました!!!」

いうやいなやで進行豹は、伊豆箱根鉄道駿豆線への乗り換え口へすっ飛んでいく!

「ここで新たにお二方と合流します。
待ち合わせは10:10にこの改札です。
それまでは、自由行動ってことにしましょう!」

そしてすぐさま、yositaは、桜崎は、きゃなは思い知ることになる。


三島へ、一秒でも早く。
進行豹がそう主張した――真の理由を。


■ 三島 - 内浦  ■


「駿豆線だ! 3000系だ!!」


カメラを手にした進行豹は、青と白との電車の写真を撮りまくる。



「しかも3003! 車番若いっ!!」

進行豹の急な興奮。

yosita、きゃな、桜崎の三人には、その理由がまるでわからない。

「しかも先発する電車がもう来ててガラガラだから、完全に無人だ! 撮り放題だ!!
やっぱり、わたくしと志摩――いやさ、駿豆線3000系とは、赤い線路で結ばれてるんだ!!」

「赤い線路? それってサビですよ」

きゃなの辛辣な突っ込みも、
ハイテンションな進行豹の耳には届かない。

大きな大きなためいきをつき、きゃなは小さく肩をすくめる。


「どうします? 自由行動とか言ってましたけど――」

「そう言われても――」
「…………」

問われて――けれど、yositaも桜崎も、同じく肩をすくめるしか無い。



青春18きっぷを同日・同時に使う仲間は、一蓮托生。

“一刻も早く撮影を!”と焦った進行豹は、
三島駅から、いったん4人揃って構外に出て、そこから駿豆線の切符をおのおの買う――のではなく。

JR-駿豆線の乗り継ぎ改札から、青春18きっぷを見せて、駿豆線のきっぷをかって、
そのまま駿豆線ホームへと入場をしてしまったのだ。

つまり――

「もう駅に入っちゃいましたしね。自由行動するにも……駅の外にも出られないし――」

「何か見るもの……あ、あそこに案内板」

「あ、ホントですね」

きゃなとyositaとはそれぞれに、駅構内に掲示してある
 『韮山反射炉を世界遺産に』という看板を読み始める。


「では、私は――」

桜崎は、リニアPCMレコーダーを取り出し、
駿豆系3000系のアイドリング音を録音し始める。


「よしっ! 3000系はもちろんのこと、
ついでっていっちゃ悪いけど、先発の7000系も、駅もとったし!
これで、三島駅での撮影はオッケーかな――――って!!!?」

満足しきればようやっと、狭まっていた視界が戻る。

「まずい! 今日のわたくしは団体見学の幹事なのに――って、あ――」


ムチャぶりすぎる “自由行動”の時間 を、けれど、
情報収集に、録音に、有意に使ってくださっている。

そんな頼もしい様子を見れば、進行豹の脳裏には、
幹事放棄の反省とともに、強い期待もわいてくる。

(このメンツなら――団体見学、いろんな視点で質問が出て、
すごく充実したものになるかもしれない!)

「あ、いたいた、進行さん、こんにちわ〜」

「おおお! ほにゃららさん」

「待ち合わせここですよね?」

「おおお! 相馬さんっ!!」

8ビット風クラシックRPG Core Fantasy に引き続き、
現在は3Dシューティングを開発中の、ゲームメーカー、ほにゃらら

フリーゲーム中心の活動から、その活躍の幅をどんどん広げてつつある、ライター、相馬円


三島合流のふたりと無事に落ち合うことに成功し、
一同は挨拶もそこそこに、ちょうどホームに入選してきた、10:17発、駿豆線 修善寺行きへと――

「マーーーベラスっっ!!!!!!」

「「「「「っ!!!!!?」」」」」


奇声! もちろん進行豹の!!

それが自分に課せられた義務と半ば諦観したかのように、きゃなが温度の極めて低い声を出す。

「今度はなんです?」

「ファーストナンバー! 1号車両!! 3001! これ、駿豆線3000系の一番最初の車両だよ!!」




「へぇ」

「確信したね! 間違いない!!
わたくしと志摩――いやさ、駿豆線3000系とは、赤い線路で結ばれてるんだ!!」

「だからそれ赤サビですって。
それよりほら? その一号車両だかなんだかに乗らなくていいんですか?」

「乗るよ! もちろんっ!!」

見事な誘導。

そして一同は空席多い車両の中、隣接しているボックスシートふたつに分かれて腰掛ける。



「ほにゃららです」

「相馬です」

自己紹介を交わす間に、駿豆線は線路を滑り始める。

(ゴトン、ゴトン、ゴトン、ゴトン)

「って――これ――っ!?」

「ああ、駿豆線は揺れるから気をつけて。
新型車両の7000系ならそんなには揺れないのかもしれないけど」

「ひいい、乗り物弱いのにー」

きゃなの悲鳴も心地よく、走行音と交じり合う。

三島-三島広小路-三島田町-三島二日町――

駿豆線名物、「開幕直後の三島乱舞」を受け流しきれば、
ほどなく、電車は目的駅、伊豆長岡へと到着する。



「伊豆長岡です! ここからはバスです! 伊豆箱根バス。
【伊豆・三津シーパラダイス方面】の――ああ、あれかな?」

同じ表示のバス停に、一台のバスが止まっている。
進行豹はさっさと乗り込み、運転士さんに確認を取る。

「あの、このバスはミツ郵便局に止まりますか?」

「は? 何郵便局」

「ミツです、ミツ郵便局」


「え???」

ああ、これ地名の読みが違うんだ。

そう理解した進行豹は、胸ポケットから乗継表を取り出して、運転手さんへと示し、指差す。

「これこれ、この郵便局」

「ああ、ミトね。三津郵便局には行かない。
これ、巡回バスなんで、次、このバス停に来るのにに乗って」

「ありがとうございます!」


「どうでした?」

「あのね、ミト郵便局にこのバスいかないって。巡回バスだから」

「ミト? え? これって、三津って書いてミトって読むんですか? 珍しいッスね」

「地元の人しか読めないよねー」

(まぁ、僕は例外だけどね?) そんなことでも言いたげに、
進行豹は仕入れたばかりの知識を堂々、大安売りで受け売っていく。

「と、このバスだ」

前方の行先表示幕は、間違いなく【伊豆・三津シーパラダイス方面】だ。


全員がそろっていることを確認しながらバスに乗り、進行豹は、きゃなへと静かに話しかける。

「きゃなくんきゃなくん。伊豆箱根バス、僕修善寺行きのしか乗ったことないだんけど。
そのときの経験よると」

「よると?」

「揺れるから」

(ガタコン! ガクンっ!!)

「だから、乗り物弱いのにーーーっ!」

きゃなの悲鳴をBGMに、バスはガタコトと進んでいく。


「お昼近いのに……しまってるシャッター多いですね」

ほにゃららの声。
一同の注意が一気に車窓の外、伊豆長岡の町並みへと向く。

「あ、でも病院すごくでかい」

「ほんとだ、ヘリポートまであるッスね」

「ヘリポート!!? あ? あの丸いのですか??
すごい、良く気づきましたねー」

「はい。イトコがドクターヘリの操縦してるんで、気になるんスよ」

「「「「「へえええええ」」」」」


大人数の面白さ。

誰かの気付きが、他の気付きへと連携し、
一人だったら見落とす事実が、どんどん明らかにされていく。

「海っ!」
「おお――綺麗ですねぇ」

相馬の、ほにゃららの歓声に、一同、うなずくだけしか出来ない。

山を登り切ったその向こう。

谷の真ん中にぼとりと落としでもしたかのように――緑の合間、真っ青な海が広がっている。

(ああ、窓際っ)

今日は、ホストだ。
進行豹は気をつかい、窓際の席を遠慮した。

だが、この光景を撮影できなことはなんとも……悔やまれた。

(まぁ、その分、しっかりと目に焼き付けておこう)

どんどん、海が大きくなってく。
みるみる、谷間を抜けていく。

「ほにゃららさん! 停車ボタンを押してください! これは、名誉な仕事です!」

「ぼ、僕? ええと、はいっ!」

(ぶーーーーーーーーーーーっ!!!!!)


そして、バスは目指すバス停――三津郵便局前へと滑りこむ。

目の前には、海。防波堤。





そして、たくさんの漁船たち。


「ここが――目的地、内浦港です」


埼玉には決して吹かぬ潮風の音に負けないように、進行豹は大声を出す。

「ここで、あと5名様と合流し――合流したら、いよいよ団体見学です!!」




■ 出港準備  ■

集合場所と決めてあるのは、バス停名でもある “三津郵便局”。
しかし――しばらく歩いてみても、まったくそれが見当たらない。

「ちょっと、そこの信用金庫で聞いてきますね」

進行豹が建物の中に消えていき、すぐに戻ってくる。

「逆方向に進んでました。バス停過ぎて、コンビニを越えて、まだ歩くと看板あるそうです」

てくてくと。
今来た道を戻り始める。

と、不意に人の良さそうな男性が、一同に話しかけてくる。

「その帽子、目印のですよね? 進行豹さんですか?」

「え? あ、はい! そうです はじめまして、ええと」

「はじめまして! 私、畑中龍です。と、こっちが相方です」

ぺこり、畑中さんの傍らの物静かそうな女性が控えめに頭を下げる。

「はじめまして」

「あ、この度はお運びありがとうございます!」

・・・この団体見学の申し込み人数が12人から。
最後のひとりがどうしても集まらなかった苦境を見かね、
畑中さんは、相方さんとのご同行を決意くださったのだ。


「っていうか、なんかお世話かけてしまいまして」

「いえいえ、こちらこそロゴデザインではお世話になりましたし」

「いえいえいえいえ、こちらこそこちらこそ」

「いえいえいえいえいえ、こちらこそこちらこそらこそこちらこ――はうっ!!?」

足が痛い。
きゃなが、わざとらしくつま先を踏みつけに来ている。

「な、なに、きゃなくん?」

「待ち合わせ時間までまだあります。
みなさん、ここでお待たせしとくんですか?」

「あ!」

それはいかにももったいない!
思えばすぐに声がでる!!

「じゃ、しばらくは自由行動にしましょう。
ええと、漁協前に11:45分。 11:45分に集合してください」

「「「「「はーーーい」」」」」

残るお三方との合流場所を確認するため、進行豹はそのまま郵便局前へ。

その場所を確かめ終えてしまえば、すぐさま海へと戻り撮影を開始する!!



漁船。


その上で働く漁師さんたち。


防波堤の上、釣りを楽しむ親子連れ――


漁港ではごくあたりまえであろう情景たちは、
しかし埼玉県民の進行豹の目には珍しく面白い。

知らない場所に行ってみる。

その行為が持つ、ごく根源にある面白みを、しばし全ての責任をわすれ、
進行豹は堪能していく。

(Trrrrrr――)

「おっと」

携帯が鳴る。

「はい、進行豹です」

「あ、ども、十凪ですー。ええと、到着、五分ほどおくれまそうです、すみませんー」

「大丈夫です。集合時間余裕みてありますから、焦らず事故なくいらしてください」

「了解ですー」

十凪高志さん、チャーさん、UGさんのお三方は、電動伝奇堂さんで、
『キョンシー×タオシー』というゲームをご開発なさっているお仲間同士だ。

今日は車でご一緒に、という話だったから、おそらく道が混んでいるのだろう。

「ん?」

なにか、みんなが集まっている。
海の一点を指さし、わいわいと声を上げている。

「どうしました?」

「あ、あれですよ。海亀かなにかじゃないかなぁって」

「ウミガメ?」

相馬さんの指差す方を見てみれば、たしかに……何かがぷかぷか浮いてる。

「ほうほう、確か浮いてますよね」

「ですよねですよね」

進行豹はカメラレンズを望遠に換え、ファインダーを覗きたしかめる。



「なんか――ガラス球? それのまわりに海藻が……
って! ああ、これ、多分ウキですよ! ガラス球のウキ!!」

「ウキ? なぁんだ」

「ああ、ウキかぁ」


「え? え? え?」

その瞬間、さっきまでの盛り上がりは霧散して、一同も三々五々と散っていってしまう。

「……空気、読みましょうよ」

「はうっ!!!」

きゃなの鋭い指摘に思わずうなだれ――

(ぷっぷっぷーっ!)

ほぼ同時! うなだれかかったその顔を、クラクションの音が持ち上げさせる!!

「進行さん、お久しぶりです」

「ああ、十凪さん! 超お久しぶりです!! ということは、こちらのお二方が――」

「チャーです」

「UGです」 

「進行豹です、今日はご参加ありがとうございます!」

これで、全員。

狩野がネコで欠席するとの事実を全員に説明しつつ、揃って漁協――
内浦漁業協同組合の中へとすすむ。

「ああ、今日の団体見学の方ですか?」

漁協の人だ。
浅黒く焼け、体全部が引き締まり――いかにも、海の男らしい印象だ。

「はい、よろしくお願いいたします!」

「それじゃあ、見学の説明をしますので――」

「あ、その前にお支払いを……」

進行豹はひとり別席に移動して、漁協のおねえさんと向かい合う。

(ああ、説明――わたくしも聞いておきたかった)

本来ならば、事前に銀行振込で済ませてしまっておきたかったお支払い。

が、人数募集をギリのギリギリまでおこなっていた関係で、
人数確定も当然のようにギリギリになり、当日現金で――という選択肢しか、残らなくなってしまっていたのだ。

あまつさえ、その上に・・・

「ええと、当日のご連絡に鳴ってすみません。
今日、ひとりキャンセルになって11名の参加になってしまったんですが――」

「わかりました。なら、そのように準備しますね」

「あ、ありがとうございます!!」

漁協のおねえさんの爽やかで心より対応に、強い安堵と申し訳なさとど同時に感じる。

用意していたお金を渡せば、漁協のお姉さんは丁寧に、けれど素早くそれを数える。

「――はい、確かに」

「ありがとうございます。で、ええと・・・他のみんなは」

「入り口を出て右側にいくと、漁港の入り口があります。
 みなさん、そこに移動してらっしゃるはずです」

「ありがとうございます!」

集合できて、支払いも終え、あとは見学を楽しむばかり!

進行豹の足取りは、潮風に押され勢いを増すっ!!

「わああああっ!? みんなもうライフジャケットきちゃってる!」

慌てて、ライフジャケットを身に付ければもう、
一同は、漁船に乗り込みはじめてる!!

「行きます! わたくしも乗りますよーーっ!!」

いいざま、数秒だけ足を止める。




だんご会』 初めての団体見学の最初を飾る集合写真。

そのシャッターを切り終えればすぐ、進行豹は小走りに戻り、
漁船に乗り込み、人数を数え直して、大きくうなずく!

「お待たせしました、これで、全員です!」

「なら出港だ」

船長の声と同時に、バババババ――エンジンがその回転を増し、
そして漁船は思いがけぬほど軽快に、湾内を滑り港を離れる。




■ イケス見学! ■

「おおおおお」

振動に押されたような声をだしつつ、進行豹は内心、ほっと安堵する。

(なんだ、漁船ってこんな感じか。
 揺れるは確かに揺れるけど、これなら電車と大差ないレベルだ)

ちらりと見れば、乗り物に弱いと公言しているきゃなの顔色も平常通り――
いや、興奮のためか、むしろいつもよりよく見える。

「うん」

安心し視線を前に戻せばすぐに、海上、船とも構造物ともとっさには判断しがたい、
なにかの姿が飛び込んでくる。




進行豹の目の前には船頭さん。

船上の騒音に負けないように、大きな声で問いかける。




「あれはなんですかー?」

「あれは、音響調査をやってる施設です」

「音響調査?」

「海中で音がどう響くか、みたいな実験だと聞いてます」

「ああ! 魚群探知機とか海底地形調査とかのための」

「そうですそうです」

なるほど、それは面白そうだ。

進行豹は帰ったら即、"内浦湾 音響試験”(*1)で検索しようと胸ポケットのメモを取り出す。

(*1 OKIシーテックという会社さんの試験施設でした。  こちらで、内浦の海中の音が公開されてます)

「船のエンジンってディーゼルですか」

「ですね、軽油か重油、どっちかを使うエンジンがほとんどです」

「イケスの広さって、ひとつあたりどんなもんなんでしょうか?」

「9メートル×9メートルで、深さが5メートル位ですねぇ――
と、あれが実物です」

「おおお!」



イケスだ! 早く中が見たい!!

漁船はピタリ、苦もなくイケスに横付けし、すぐさま願いを叶えてくれる。

「じゃ、イケスに乗ってください。少し揺れますから気をつけて」

「はい」

ひとり、またひとりと船からイケスへ移っていく。

やがて、進行豹の番。

(ぐらっ)

「おおおおっ!」

思ったよりもずうっと揺れるっ!!



(ああ、これ、浮いてるんだ。イカダみたいのに網をしつらえてあるみたいなイメージなんだ)

「中にいるのはアジだけですか?」

誰かの質問。船頭さんがすぐさま答える。

「アジと鯛ですね。色が濃いのがアジで、薄いのが鯛」

「鯛っ!!!! みてみタイっ!!!」

イケスの水音を危険域にまで下げながら、進行豹は顔をつきだし覗きこむっ!!




「おおおお! 泳いでる泳いでる泳いでるっ!!!!!」

アジとタイ、確かにいろがまるきりちがうっ!!

「うーん、両方アジわってみタイ」

「一方向に泳いでるのは、理由が?」

「この大きさで、もう出荷できるんですか?」

「!!!!」

くだらぬダジャレにうつつを抜かすその間にも、
参加者さんから有意な質問が次々と飛ぶ。

黙ってやりとりを聞いてるだけでも、
潮の流れに逆らうように回遊すること、養殖期間は二年くらいで、このさかなたちはまだ一面目くらいなこと――
知らなかった知識がどんどん、流れこんできてくれる。

(こりゃあいい。団体見学って、自分ひとりじゃ思いつけないような質問の答えも自動で聞けちゃうんだ)

「じゃあ、餌やり体験をしましょう」

「餌やり体験っ!!?」

「ほいこれ」

夜店のうどんの食器のようなプラカップ。

わたされるままに受け取れば、その中、船長さんがざらりと無造作に何かを流し込んでくる。




「ああ、これがエサ」

「金魚のエサみたいな匂いだ」

ほにゃららさんのと思われる声。
進行豹も、すぐに匂いを嗅ぎ同意する。

「ほんとですね、材料、これなんですか?」

「魚のミンチ。だから、匂いつけたまま港に戻ると、ネコがにゃあにゃあよってくる」

「「そりゃあいい!」」

(バシャバシャバシャっ!!)

「っ!!!?」

すごい水音!

思わず見れば、もうエサをやってる人の手元に、魚のムレが群がっている!!!

「しまった! 出遅れたっ!!」

慌ててエサを投げ込む――途端!!!!

(バシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャバシャ!!!!!!!!)




「うひゃわっ!!?」


ヘンな悲鳴が出る大迫力!!!!!

指先にさえ食いつかんばかりに、アジがタイが! 跳ね上がりエサに喰い付いてくるっ!!


「わはははは、これは面白い」

いい気になってエサやりすれば、すぐにカップは空っぽになる。

足してもらおうと船長のところへ――向かおうとすれば、謎の機械があるのに気づく。

「なんですか? これ」

「自動給餌機。エサやりの機械よ」

「へぇえ、そんな便利なものがあるんですか」



「こりゃあ旧式だがよ。最新のは、二十四時間オートタイマーで管理できるさ」

「へえええええええ」

多分、旧式の自動給餌器の資料が必要になることはないとは思いつつ、
それでもシャッターを切っておく。

「あ」

気づけば、みな餌やりを、そして質問を終え、船へと戻り始めている。

進行豹もあわてて戻れば、
船長さんと船頭さんとが、大きな声で問いかけてくる。

「よけりゃあ、湾を出て淡島の方ちょこっと眺めてから戻るがよ」

「うねりはないけど、風があるので、多少はゆれるかもしれませんが」

一同、迷わず頷いている。
乗り物に弱いきゃなさえも。

ならば、ためらう理由などない!

「行ってください、お願いします」

「了解っ」

(ドドドドドドっ!)

「――おわっっ!?」

船が速度を上げ始めれば、すぐさまさっきの警告の意味を体で理解させられるっ!

「揺れる! 湾内と全然違う!!!」



「え? 何かいいました?」

しかも! 音!! すぐとなりにすら届かないっ!!!

(すごい、すごい! こんなの知らない! おもしろいっ!!)

これが海かと、今更のように進行豹のこころが震える!

「――――――――――」

「――――――――――――」

艦首の方では、船頭さんと、チャーさん&UGさんがなにか会話をしているようだ。

興味ある、知りたい、聞きたい、だけどたったら、すぐにも海におっこちかねないっ!!!

「ねえちゃん、そこじゃずぶ濡れだろう。もちょっと前にズレんと」

「っ!!?」

背後から船長さんの声。
風とエンジンと波音の中でも、何故かくっきりと響いてくる。

「じゃなくて!!!!!」

相馬さん! 風向きと潮目の関係なのか、飛沫をざばざばかぶりまくってる!!

「あの、大丈夫ですか? 場所、かわりましょうか?」

「いえいえ、平気です」

叫ぶようにして会話しながら、
相馬さんは座席を少し前へとずらす。

そうしただけで、飛沫の被りもかなり軽減されたように見える。

(うーむ、ほんのちょっとの違いでも、結果が大きく変わるんだなぁ)

面白い。海の出来事のなにもかもが。



淡島近辺をぐるりと眺め、
そうして船は、また内浦の港へと無事に帰り着く。

「ありがとうございました」
「楽しかったです!」

じゅんじゅんに下船するみなを見ながら、
進行豹は船長さんに、ご無理なければ――とお願いしてみる。

「ん? そんなもんが珍しいんなら、撮りゃあええし」

「ありがとうございます!」



小型漁船の操舵室。

その撮影をさくさくと終え港の硬い地面を踏めば、
船長さんがこいこいと手招きしてくれる。

「はい?」

「そんなんが珍しいなら、こりゃあもっと珍しいだろ」

「おおおおおお!」



「中身は抜いて喰ってしもうたがの」

「マンボウって、食べられるんですか!?」

「おいしいですよ」

「十凪さんっ!!!?」

なんとマンボウイーターがっ!!!

「でも、皮干してあるのははじめてみました」

「持ってもええぞ」

「ありがとうございます!」

順番に、ドライマンボウを持たせてもらい、あまりの軽さに驚愕する。

(っていうか、いたれりつくせりすぎる。 内浦のひと、みんなめちゃくちゃ親切だ!)

「お食事、本当ならここで食べてもらいたかったんですけど……この風ですから」

「あ」

漁協のおねえさんがエプロン姿になっている。

「二階にお席を用意しました。どうぞ、おあがりください」

「ありがとうございます!!」


言われてみれば、空腹だ。

イケスのアジはどんな味かと期待して、一同は順番に階段を登っていく。




■ アジとタイ、そしてアイスコーヒー  ■


「うまそおっ!!!!!」



まずまっさきに目に飛び込んでくるのは、いかにも新鮮そうな刺し身とにぎりずし!

漁協のおねえさんの解説が、視覚の補強をしてくれる。

「お刺身は、アジとタイ。それから、普段はつかないんですけど、
今日はたまたまたくさん捕れたのをいただいたから、イカサシもサービスになります」

「サービスっ!!!」

「包まれてるのは、わさびの葉と酢締めしたアジのにぎりです。
その横が、アジのあぶり寿司」

「アジのあぶり寿司!!!」



「となりのお皿が、アジフライと、揚げはんぺんっていう、このあたりの家庭料理です。
アジフライは、締めて一日寝かせたアジを使って、ふわっとしあげてます」

「ふわっと!!!!」



「それから、大皿が干物です」

「大皿が干物!」


「って、進行さん、さっきからオウム返ししかしてないが」

「っ!!?」

桜崎さんの指摘に激しく赤面する。

どうやら胃袋に血が集まって、その分、脳の働きが鈍くなってしまっていたらしい。


「さぁ、どうぞおあがりください。ご飯とおみそ汁はおかわり自由です。
おみそ汁は鯛の――ああ! 鯛のお刺身は、小皿の塩で食べてみてください」

「鯛のお刺身は小皿の塩で!!!」

地元のひとのオススメならば従うしかない!

そう判断した進行豹は、タイのお刺身を塩でいいただく!

「おいしいいっ!!!!!!!」

「ほうほう、じゃ、私も――わぁっ」

向かいの席のほにゃららさんと、 『おいしいですね』と頷き合い、
ほとんど同時にあちこちから、たくさんの歓声が聞こえはじめる!


「このアジフライ! うわ……アジフライとは思えないレベルでおいしいっ!!!」

「おみそ汁――すっごくおいしい。鯛の出汁がでてるのかな? ふわぁぁぁあ」

「干物もめっちゃ味が濃くって!」

 おかわり、おかわり、おみそしるおかわり、お茶ください。

 そんな声ばかりがにぎやかにいくども行き来して――
やがて、食卓には満ち足りた満腹感が色濃く垂れ込めはじめる。

「いかがでした?」

「「「「「「「「「「「おいしかったです!!!!!」」」」」」」」」」」


「あらぁらまぁまぁ、ありがとうございます」


参加者全員大満足に包まれて、おいしいおいしい昼食が終わる。

終われば、 『内浦漁港 漁業探検 満喫コース』 はおしまいだ。

いつまでもこの部屋にいすわりつづけるわけにもいかない。


が――

現地合流のみなさまとは、まだろくな会話もできていない。

「あの! このあと、30分とか一時間とか、せっかくですから
懇親会みたいなのやりたいんですけど――どうでしょう?」

「あ、参加します」

「わたしもー」

幸いにして、全員からの同意をいただき、
進行豹は漁協のおねえさんへと問いかける。

「ええと、この近くに喫茶店とかってありますか?」

「ありますよ。出て、すぐ右に――
小さなお店ですから、11人大丈夫か、ちょっと聞いてきますね?」

「え、って――あ、すみません!」

内浦の人、マジ親切!!!!

遠慮する間もなしに駈け出していってくれたおねえさんを、
一同、頭を下げて見送る。

「――って、これは??」

部屋のすみっこに大きなパネルが置かれている。




「あ、内浦の航空写真です。今から二十年くらい前の」

「へえええ」

漁協の人の説明に、
誰からともなくあれこれと質問が重ねられてく。

「今は、もっとイケス増えてるんですか?」

「いやぁ、後継者不足で。今はこの七〜八割くらいですかねぇ」

「湾に近いイケスも遠いイケスも、養殖の内容は同じですか?」

「そうですね。アジと鯛がさかんで。近い遠いは、単なる場所割りです」

「海側じゃなく、山側はなんか産業ありますか? 林業とか」

「内浦は林業ありませんねぇ。ほとんどが港の仕事で。
下田とかだと、漁業も林業も盛んです」

「なるほどです」

「お店! 大丈夫だそうですよ、11人!!」

「わ! ありがとうございます!!!」


――誰から誰まで、ひとり残らず親切で優しいひとばかりだった内浦漁協に別れをつげて、
一同は紹介された、徒歩数分の喫茶店へと移動する。

「わぁ、貸切状態だ」

和菓子屋さんにティースペースが併設された感じのお店は、
席数10、追加イスを足して11で。

少し狭めの貸切状態はけれども逆に、
“懇親”のための、非常に良い雰囲気を創りだしてもくれる。

「それじゃあ、順番に自己紹介を――」

簡単な自己紹介をそれぞれ終えて、
注文していたドリンク類がそろうころには、
ごくごく自然にテーブルのあちこちで会話が始まり、
まさしく懇親、まさしく茶話が、自然な盛り上がりを見せ始めている。

(うむむ、わたくしも積極的にお話しないと!)

「進行豹〜〜〜」

「!!?」

折よく、自分の名前が耳に飛び込んでくる!

振り返り声の主を見れば、そこにいるのは畑中さんと相方さんだ。

「こんにちわー、畑中さん、相方さん」

「あ、こんにちわ」

「こんにちわ」

「今日はご参加ありがとうございましした!」


畑中さん&相方さんとは、初対面の上、お会いした時、軽く挨拶をかわしたっきり。

ご参加の御礼をあらためて伝え―そして、本題にズバリと切り込む。

「ところで、聞き違いかもですが……さっき、わたくしの名を」

「ああ、ほら、ご本人に聞いてみれば」

「うん」

畑中さんが水をむければ、相方さんがこくり頷く。


「あの……かや旅って、ノンフィクションなんですか?」

「原則、ノンフィクションです」

相方さん、かや旅をプレイしてくださっている!!!!

その喜びに、進行豹の口も自然となめらかになる。

「セリフをなめらかにしたり、記憶をてきとうに補正しながら書いたりとかはありますが、
基本、旅程とか起こった出来事とかはノンフィクションです」

「そうなんですかー」

「今回の団体見学についても、かや旅準拠な感じでレポ書きますので、
それ見ていただければノンフィクション度合いを判断いただけるかと」

「なるほどなるほど」

大きく頷き、相方さんは畑中さんへと向き直る。

「リアルフジマルがフジマルっぽくってホっとしたよ〜」

「おお」

フジマルっぽい。

うまれて初めて言われた言葉に、じわり嬉しさが湧いてくる。

「ちなみに、リアルかや姉はどんなひとなんですか?」

「わたくしと同じくおっさんで……丸顔で……
ええと、子猫の面倒をみてくれるため、自分から貧乏くじをひいてくれるような感じのひとです」

「かや姉っぽい!」

前半部分を聞き流し、相方さんは喜んでくださる。

これ以上自分&狩野について話し続けて、かや旅版フジマル&かや姉のイメージ破壊をおこしてしまうことを恐れて、
畑中さんの同人ゲーム製作  『ほすぴたっ!』 のご製作状況へと話題をかえれば、
畑中さんが現状ひとりでご制作をされていることを知る。

「おひとりなんですか! 一人サークルといえば、
ほにゃららさんが大先輩さんですよ!」

「ええっ!? おひとりでって――絵もですか!?」

「絵もなんですよ! ね? ほにゃららさん!!」

「わたしですか?」

ほにゃららさんと畑中さんとの間で会話がはずみはじめる。


進行豹はそっと座席を移動して、
チャーさん、UGさん、十凪さんのテーブルのわきにしゃがみこむ。

「どもです、進行豹です。十凪さんとはお久しぶりで、
UGさんとははじめましてです!
チャーさんには、コミケで一度ご挨拶したことがあるんですが――
実質、はじめましてです!」

「どもです!」

「だんご会、設立当初からのご参加いただけ、本当にこころづよかったです!
おかげさまで、なんとか内浦団体見学、おこなえました!」

「いえいえいえ」
「こちらこそ、参加できて嬉しいです」

だんご会関連のお礼をのべれば自然と話題は
だんご会――「創作者さん向け、団体見学互助会」 の次の活動へとシフトしていく。

「なにか、やってみたい団体見学とかはございますか?」

お三方に、そしてみなさんに質問すれば、
打てば響く、といわんばかりに、まずと凪さんが答えてくださる。

「鹿の解体体験っていうのに興味あるんですよ。
あと、古民家ステイっていうのもあって」

「ほうほう」

「改めて、学校を見なおしてみたいかと。
学校、大人になると見学できないし」

すぐさま、yositaさんのご意見が続く。

「できたら、酒蔵を……」

相馬さんの声に、チャーさんとUGさんとが答える。

「自分たち長野なんですが」

「多分、探せばあると思います。
見学できる酒蔵」

「ほんとですか!」

「そういうおふたりは? 酒蔵希望でOKですか?」

「日本酒もいいけど……
そうだな、サントリーのウィスキー工場とか」
 
「お酒に限らず、巨大な工場を見てみたい」

「なら、静岡のガンプラ工場!」

「あ、工場だったら製薬工場を希望です」

UGさんとちゃーさんとのご希望に、きゃなさん、畑中さんもご希望も重なる。

次つぎ出てくるご意見に感謝しながら、
進行豹は、自分の意見も混ぜ込んでみる。

「第一回の団体見学が、おかげさまですごくいい感じにいったんで、
これをレポートにして、すこしでも 『だんご会』に興味もってくださる方を
増やせたら・・・って思ってます。
参加者さんが増えてくれれば、行ける団体見学の幅も比例してひろがりますし」

「じゃ、次の団体見学は……参加しやすさも重要なポイントになる?」

yositaさんのナイスアシストに、進行豹は強く頷く。

「なのです! だから、ええと――」

「参加しやすいっていうと、土曜か日曜が第一条件ですかね」

「後は、東京近郊」

「それからなにより、低予算」

「なるほどなるほど」

ご意見を書き留めていたメモを閉じ、
進行豹は背筋を伸ばし立ち上がる。


「じゃあ、その方向で第二回の団体見学、
企画・立案してみますので、ご都合ついたらそのときも! ぜひぜひぜひぜひご参加ください!
今日はありがとうおざいました! ひきつづき、よろしくお願いいたします!」

「「「「「「「「「「はいっ!!!」」」」」」」」」」


そして、散開。


車組の、チャーさん&UGさん&十凪さんと、畑中さん&相方さんをお見送りして、
残るメンバーでバスに乗り、駿豆線、伊豆長岡の駅へと戻る。

お急ぎという相馬さんともこの改札でお別れし――
ほにゃららさん、yositaさん、桜崎さん、きゃなさんの顔を見ながら、
進行豹は、にこりと笑う。

「このまま戻ってもいいんですけど――
伊豆長岡、われわれはめったに下りる駅でもないかと思いますし・・・
せっかくなので、もう一観光だけ、しませんか?」



■ 反射炉、帰りの電車、東京 ■

「観光って、どこに?」

桜崎さんの問いかけに、進行豹はゆっくり答える。

「来る時に看板でてたとこ――韮山の反射炉にですよ。
伊豆長岡の駅から2kmないってことなんで、歩いていける距離です」

「2kmってちょっとある気が・・・」

「ですけど、コインロッカーに荷物預けちゃえば散歩みたいなもんですよ。
コインロッカー代、いいだしっぺのわたくしが出しますし!」

「まぁ、そこまでオススメなら――」

yositaさん、ほにゃららさんが同意をすれば、
桜崎さん、きゃなさんもそれ以上の反対はしない。

「じゃ、いきましょうか!」

進行豹は、先頭を切って歩き始める。

幸いにして道路には「反射炉 左折 14.km」的な看板が時折立ってくれている。

それに従い歩くうち、すぐに踏切に行き当たり、
進行豹の歩く速度がいきなり落ちる。

(ああ、この人、遮断機が下りて止まることになって、
 そこで通過する電車を撮りたいんだろうなぁ)

なんとなく、そんな空気がただよい始め、
こころやさしい一同は、歩く速度を進行豹のものとあわせる。


が――

「ええと、踏切通過しても、まだまっすぐみたいですね」

遅滞虚しく、踏切を通過する電車と行き会うことなしに、
一同はひたすら歩き続ける。

「こんにちわー」 「こんにちわー」 「こんにちわー」
「っ!!!?」

突如の挨拶に俯いていた顔をあげれば、
そこには下校途中の小学生たち。

(うわ、この辺の人は、本当にみんな、
よそものにも別け隔てがないんだなぁ)

ビブラ、伊豆!

思えば自然、進行豹の返す言葉も軽やかになる。

「はい、こんにちわ。車に気をつけて帰ってね」

「「「はーい」」」

にこにこ顔の進行豹に、きゃなが追いつき微笑みかける。


「いや、この辺の子供は教育いきとどいてますね」

「だよね! わたくしもちょっとびっくりして感動した」

「 『あやしい人を見かけたら、自分から声掛け』は、防犯の基本ですもんね」

「なっ!!? わたくしあやしくないよ!? なんでそんなイジワルいうの?」

「一言くらいいいたくなりますよ。だって、ほら」

「あ」

yositaさんと桜崎さん、そしてきゃなさん。
新宿集合だったメンバー、東海道線-駿豆線-バスに4時間ゆられてきたメンバーの足取りが、
もう見るからに重くなってる。

(ああ〜)

ことここにいたり、進行豹はようやく心底から理解する。

『また乗り鉄にダマされた!』

かつて狩野が叫んだセリフ、それを吐かせたものがいったい、ナニモノであったのかということを。

(そっか……電車づかれか)

“電車での移動そのものが楽しい”類の進行豹は、
多分ある程度はそれに体勢をもっているのだ。

が――

(みんなは、結構そうじゃないんだ。
電車づかれが残ってる状態だと、
2キロって、普段歩くのより何倍もキツくなっちゃうんだ)

後悔、反省。
進行豹の足取りまでもが一瞬、ずんと重くなる。


だがしかし――
反射炉までの道のりの、もう半分以上を歩ききっている。


ここから引き返すくらいなら、反射炉までいき、
そこでタクシーを拾って→駅、の方がマシだろう。

「ええと、これから向かう韮山反射炉はですね、
幕末の伊豆代官、江川太郎左衛門が攘夷の備えをするために――」

ならば、反射炉の歴史的価値を説明し、
観光への期待値をあげ、モチベーションへとつなげるのがおそらく最善だろう。

そう判断した進行豹は、 『風雲児たち』で仕入れた知識を総動員し、
とにかくしゃべり、しゃべり続ける。

「あ――あれ」

反射の先端が見えてしまえば、あとの道のりは一気に行ける。

ようようにして到達し、いざや見上げる反射炉は



1850年代建造の建築物とはとてもおもえぬ、まさに堂々の威風であった。



「炉ですね」

「ですね」

「ここから鉄鉱石いれたそうです」

「溶けた鉄は、こっから出てきたそうですよ」

・・・稼働してない炉は、それ以上ものでも、それ以外のものでも、全くなかった。

「じゃ、帰りましょうか」

写真数枚、そして重い教訓をおみやげに、進行豹はとぼとぼと、韮山反射炉をあとにする。




「じゃ、僕はここで」

「おつかれさまでした! 今日はありがとうございました!!」

東海道線、横須賀駅でほにゃららさんと別れれば、
車内にのこったメンバーは、新宿集合の最初の四人へと戻る。

「ふあ……ぁ」

さすがに一同、披露の色を濃くしている。

(行きと同じ、最短ルートで帰るのがベストか)

品川着。
そのまま山手線に乗り換えようとしたその足が、
しかし、階段上でとまってしまう。

「なんすか、この人混み!」

「信号機トラブルの影響で、山手線は現在〜」

「うわ、止まってるのか」

駅員さんのアナウンスに、
きゃなさんが、yositさんが、桜崎さんが、
見るからにもうゲッソリとした顔になる。

「東海道線に戻って東京にいきましょう。
そこからメトロ、丸ノ内線で池袋に。
山手線がふさがってるなら、それが最短で最速になると思います」

進行豹の提案に、一同は力なく同意する。

青春18きっぷの適用を外れる、東京メトロのきっぷ代を必要とすることになってしまう、
やむを得ずの路線変更。

が、進行豹は、これならこれで、と内心ほくそ笑んでいた。

「東京につきました。丸ノ内線にのりかえるんで、いったん、外にでましょう」

ぞろぞろ、連れ立って駅構外へ。

そしておもむろ、いま来た方へと振り返る。

「せっかくなので見てください。これが、夜の東京駅です!」



「わ・・・」

桜崎さんも、きゃなさんも、yositaさんも、
疲れを忘れてくれたかのようにカメラを取り出し、
しばし無言で撮影を始める。

(東京駅まわりになって、これなら、結果オーライ……かな?)

それがどうかは、わからない。

が、進行豹にもあとすこしだけなら、わかっていることが残ってる。

「丸ノ内線で池袋、そこからは東上線で、おのおのの最寄り駅までです。
 もう一息、事故なく無事にかえれるように、がんばりましょう!!」





< お し ま い>







P.S.


 
子猫は元気になりました!



■ あとがきとアンケート ■

これで、だんご会の第一回団体見学、
『内浦漁協 漁業探検満喫コース』のレポートは終わりです。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

わたくし(進行豹)視点で、よかったと思われるところも、マズかったかと感じたところも、あまさず書いたつもりです。

今回ご参加くださったみなさまからのご感想、ご意見も、アンケート形式でおよせいただきましたので、
以下、ご紹介させていただきます!



チャーさん

U・Gさん

十凪高志さん

畑中龍さん+相方さん

相馬円さん

きゃなさん

yositaさん

ほにゃららさん


■ だんご会、参加者さん募集のお知らせ ■

この団体見学を企画・実施いたしました
「創作者さん向け団体見学互助会(だんご会)」は、現在、参加者さんを大募集しております!

くわしくは



をクリック&チェックいただき、
もしご興味をもっていただけるようでしたら、お気軽にお問い合わせ、ご参加いただけましたらとてもうれしく存じます。

どうぞ、よろしくご検討いただけましたら幸いです!!


2013/09/08 進行豹 拝